将棋は頭脳スポーツとも呼ばれるが、体を激しく動かすわけではない。座って考えているので体力は関係ないと思う人も多いかもしれないが、そうではないのだ。
1998年に29歳で早逝した村山聖九段は羽生と同世代で、映画『聖の青春』で有名になった。村山は幼少時からネフローゼという難病を抱えており、体力面に不安があった。棋士という職業に体力は関係ないと思っていたが、そうではないことに気づいたという。長時間座って集中して考え続けることは、また別の体力が必要なのだ。
羽生もその重要性を認めている。
「体力がないと集中力も続かないし、思考の精度も大きく変わります」
年齢を重ねることで、以前より疲れを感じることはないのだろうか。羽生の先輩棋士の森下卓九段(55)は「まず目が疲れてきますし、座る体力や根気も続かなくなります。いくら羽生さんが鉄人とはいえ、50歳を過ぎてますからやっぱりきついと思います」と語った。
昨年末にこんなことがあった。羽生はA級順位戦で豊島将之竜王(31)と対戦した。順位戦の持ち時間は双方6時間で、タイトル戦以外では最も長い。午前10時に始まり、深夜0時を越える激闘になったが、最終盤で事件が起こる。AIが羽生勝勢で「勝率94%」と示した局面で、羽生が投了してしまったのだ。1手を1分未満で指さなければいけない「秒読み」という厳しい条件下ではあったが、勝利が近い局面で羽生が負けを認めたことは衝撃だった。疲労が判断を狂わせたのではないかという推測も自然だろう。
だが順位戦の過酷さを羽生に尋ねると、「若い時でも年齢が上がっても、大変なのは同じ。体力的なことで特に大変だと思ったことはありません」と淡々と語った。
羽生が体力を維持するためにやっていることは「歩くことくらいですかね」と言う。そして「対局の間が空くと、体力の持続がにぶるところはあると思うので、ひたすら対局を続けることが大事でしょうか」と語った。