佐藤といえば、長年籍を置いていた事務所・アミューズから独立し、今年4月に同じく俳優の神木隆之介(28才)とともに新会社「Co-LaVo」を設立したばかり。新型コロナウイルスの影響により、主演を務めてきた人気シリーズの完結編である映画『るろうに剣心 最終章 The Final』と『るろうに剣心 最終章 The Beginning』、そして今作が当初の公開時期より延期になったことに加え、佐藤が最重要人物のボイスキャストを務めた細田守監督(54才)の最新作『竜とそばかすの姫』の公開も重なったこともあり、独立直後から“佐藤健イヤー”とも言える状況が続いている。佐藤は間違いなく、今年のエンターテインメント界の“顔”と言えるだろう。
そんな彼が今作で見せる姿も“圧巻”と言って差し支えないものとなっている。初登場シーンから世の中の全てを憎んでいるような表情と、華やかさとはほど遠い強烈な負のオーラを感じさせる佇まいが印象的だ。ずっと孤独に生きてきた利根は“被災者”や“格差”といった不条理に強い憤りを感じており、それを体現する佐藤は、これまでに演じてきたネガティブなキャラクターとは一線を画した強烈な存在感を放っていた。
その怒りの叫びは、実社会で貧困や格差に苦しむ人の思いを代弁しているようにも感じられるほど印象深く、彼と同じ境遇でなくても、自身の抱えている問題と重ねずにはいられないという観客も多かったようだ。事実、佐藤は舞台挨拶で「みなさんの思いを背負ったつもりで、思い切り叫ばせていただきました」と語っている。
さらに、本作での佐藤の演技は“怒り”だけにとどまらない。弱い立場に置かれた者同士の交流によって、柔和な笑顔を見せたり、声音も明るく優しいものになっていく演技が心に残る。また、人の温かみを知らずに生きてきた若者の変化を、繊細な動きで表現している点も印象的だ。例えば、うどんを食べるシーンでの箸の持ち方が話題だが、これは利根青年がどういう環境で育ってきたのかが伝わってくるもので、佐藤の演技の細部へのこだわりがうかがえた。
撮影は事務所独立よりも前のことだが、既にコロナ禍の環境下でのこと。実社会と地続きの世界をも表現する佐藤の誠実な姿勢が胸に響く。時代を代表する俳優の1人ともなった彼の新境地をはっきりと確認できた作品だった。
【折田侑駿】
文筆家。1990年生まれ。映画や演劇、俳優、文学、服飾、酒場など幅広くカバーし、映画の劇場パンフレットに多数寄稿のほか、映画トーク番組「活弁シネマ倶楽部」ではMCを務めている。