声優で歌手の水樹奈々は2021年9月末で長年、所属した声優事務所を離れた。今後は現在の仕事を継続しつつ歌手としての活動に力を入れると発表したことから、声優の仕事から退くつもりではないかとも言われた。写真は2012年の全国ツアー(時事通信フォト)

声優で歌手の水樹奈々は2021年9月末で長年、所属した声優事務所を離れた。今後は現在の仕事を継続しつつ歌手としての活動に力を入れると発表したことから、声優の仕事から退くつもりではないかとも言われた。写真は2012年の全国ツアー(時事通信フォト)

 世の中は才能だけじゃやっていけないが、その才能があること、は大前提となる。演技や歌唱はもちろん容姿も才能、役者は不平等が当たり前の世界である。そしてほとんどは安いとされる1万5000円にすらたどり着けない。ランカーになれるか以前に、そもそも声優業につけない生徒が圧倒的多数である。

「でも少数の天才だけじゃ養成所ビジネスが無理なのも事実です。一般生徒というその他大勢も必要です。その辺を割り切れないと学校運営で経営を圧迫することもあります。少数精鋭の養成所は理想かもしれませんが、経営者の自己満足になりかねない」

 有望な生徒は無料か格安の特待生でその他大勢は大金を払う。プロスポーツを目指す若者と同様の残酷物語、しかし優勝劣敗の才能商売とはそういうことなのだろう。

「イベントや物販で稼げた事務所もありましたがコロナで難しくなりました。本業の声の仕事も同じくコロナで絞られて、声優はもちろん事務所も厳しい、元が安いですから」

 近年、若手の人気声優は、週末ごとに何かのイベントやライブに出演するのが珍しくなくなっていた。テレビアニメの関連イベントだけでなく、ゲーム、ラジオ、事務所が企画プロデュースして開催するものなど様々だ。その種類も数も激増していたのは、本業であるはずのテレビアニメ出演だけでは、声優を支えるスタッフの仕事を維持するのに十分な収入が確保できないことが根本にある。結局のところ、安い原因は現場に金が降ってこないこと。声優事務所は一般的な芸能事務所のように取り分が大きくないと書いたが、これも良心的というよりは元から安いので大きく取るにも取れない、という意味合いもある。

「私も演者ではないですが声優業界を去った口です。マネも給料安いですからね、ごく一部の大手、僅かな管理職を除けば男性が声優のマネージャーで家族を養って一生食べていくのは難しいでしょう」

 社員すら芸能事務所と声優事務所では雲泥の差がある。この差はすべて必要な金が降ってこないことにある。芸能界という大きな括りから言えば声優業は上から下まで本当に儲からない仕事、声優業が好きだから、ただそれだけの情熱に支えられている。

 実際の現場をまわし、人気を生み出す末端に金が降りてこない。テレビアニメなどその最たるものだ。結局のところ、アニメーターと同様に知らない誰かがいつのまにか金を抜いている。声の仕事に真摯に取り組み、共に作り上げた事務所は社長にとっても所属声優にとっても第二の実家、故郷のような存在だ。それがいくら努力をして勝ち抜いたとしても、人気を得たとしてもその人気ほどには演者も事務所も金銭的に報われない。そうして有望な組織が消えてゆく。声優が消えてゆく。

 小さな業界の出来事かもしれないが、これは日本の構造問題そのものでもある。作品の人気を押し上げる声優、その声優を育て上げる声優事務所ほどに、その抜いている連中に価値はあるのだろうか。優勝劣敗以前の構造的な問題は、日本が誇る「クールジャパン」を「チープジャパン」に変えて蝕み続けている。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。かつて1990年代から月刊「コンプティーク」を始め多くのアニメ誌、ゲーム誌や作品制作に携わった経験を持つ。近年は文芸、ノンフィクションを中心に執筆。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。

関連記事

トピックス

若手俳優として活躍していた清水尋也(時事通信フォト)
「もしあのまま制作していたら…」俳優・清水尋也が出演していた「Honda高級車CM」が逮捕前にお蔵入り…企業が明かした“制作中止の理由”《大麻所持で執行猶予付き有罪判決》
NEWSポストセブン
「正しい保守のあり方」「政権の右傾化への憂慮」などについて語った前外相。岩屋毅氏
「高市首相は中国の誤解を解くために説明すべき」「右傾化すれば政権を問わずアラートを出す」前外相・岩屋毅氏がピシャリ《“存立危機事態”発言を中学生記者が直撃》
NEWSポストセブン
3児の母となった加藤あい(43)
3児の母となった加藤あいが語る「母親として強くなってきた」 楽観的に子育てを楽しむ姿勢と「好奇心を大切にしてほしい」の思い
NEWSポストセブン
「戦後80年 戦争と子どもたち」を鑑賞された秋篠宮ご夫妻と佳子さま、悠仁さま(2025年12月26日、時事通信フォト)
《天皇ご一家との違いも》秋篠宮ご一家のモノトーンコーデ ストライプ柄ネクタイ&シルバー系アクセ、佳子さまは黒バッグで引き締め
NEWSポストセブン
過去にも”ストーカー殺人未遂”で逮捕されていた谷本将志容疑者(35)。判決文にはその衝撃の犯行内容が記されていた(共同通信)
神戸ストーカー刺殺“金髪メッシュ男” 谷本将志被告が起訴、「娘がいない日常に慣れることはありません」被害者の両親が明かした“癒えぬ悲しみ”
NEWSポストセブン
ハリウッド進出を果たした水野美紀(時事通信フォト)
《バッキバキに仕上がった肉体》女優・水野美紀(51)が血生臭く殴り合う「母親ファイター」熱演し悲願のハリウッドデビュー、娘を同伴し現場で見せた“母の顔” 
NEWSポストセブン
六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)
《六代目山口組の抗争相手が沈黙を破る》神戸山口組、絆會、池田組が2026年も「強硬姿勢」 警察も警戒再強化へ
NEWSポストセブン
木瀬親方
木瀬親方が弟子の暴力問題の「2階級降格」で理事選への出馬が絶望的に 出羽海一門は候補者調整遅れていたが、元大関・栃東の玉ノ井親方が理事の有力候補に
NEWSポストセブン
和歌山県警(左、時事通信)幹部がソープランド「エンペラー」(右)を無料タカりか
《和歌山県警元幹部がソープ無料タカり》「身長155、バスト85以下の細身さんは余ってませんか?」摘発ちらつかせ執拗にLINE…摘発された経営者が怒りの告発「『いつでもあげられるからね』と脅された」
NEWSポストセブン
結婚を発表した趣里と母親の伊藤蘭
《趣里と三山凌輝の子供にも言及》「アカチャンホンポに行きました…」伊藤蘭がディナーショーで明かした母娘の現在「私たち夫婦もよりしっかり」
NEWSポストセブン
高石あかりを撮り下ろし&インタビュー
『ばけばけ』ヒロイン・高石あかり・撮り下ろし&インタビュー 「2人がどう結ばれ、『うらめしい。けど、すばらしい日々』を歩いていくのか。最後まで見守っていただけたら嬉しいです!」
週刊ポスト
2021年に裁判資料として公開されたアンドルー王子、ヴァージニア・ジュフリー氏の写真(時事通信フォト)
《恐怖のマッサージルームと隠しカメラ》10代少女らが性的虐待にあった“悪魔の館”、寝室の天井に設置されていた小さなカメラ【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン