世の中は才能だけじゃやっていけないが、その才能があること、は大前提となる。演技や歌唱はもちろん容姿も才能、役者は不平等が当たり前の世界である。そしてほとんどは安いとされる1万5000円にすらたどり着けない。ランカーになれるか以前に、そもそも声優業につけない生徒が圧倒的多数である。
「でも少数の天才だけじゃ養成所ビジネスが無理なのも事実です。一般生徒というその他大勢も必要です。その辺を割り切れないと学校運営で経営を圧迫することもあります。少数精鋭の養成所は理想かもしれませんが、経営者の自己満足になりかねない」
有望な生徒は無料か格安の特待生でその他大勢は大金を払う。プロスポーツを目指す若者と同様の残酷物語、しかし優勝劣敗の才能商売とはそういうことなのだろう。
「イベントや物販で稼げた事務所もありましたがコロナで難しくなりました。本業の声の仕事も同じくコロナで絞られて、声優はもちろん事務所も厳しい、元が安いですから」
近年、若手の人気声優は、週末ごとに何かのイベントやライブに出演するのが珍しくなくなっていた。テレビアニメの関連イベントだけでなく、ゲーム、ラジオ、事務所が企画プロデュースして開催するものなど様々だ。その種類も数も激増していたのは、本業であるはずのテレビアニメ出演だけでは、声優を支えるスタッフの仕事を維持するのに十分な収入が確保できないことが根本にある。結局のところ、安い原因は現場に金が降ってこないこと。声優事務所は一般的な芸能事務所のように取り分が大きくないと書いたが、これも良心的というよりは元から安いので大きく取るにも取れない、という意味合いもある。
「私も演者ではないですが声優業界を去った口です。マネも給料安いですからね、ごく一部の大手、僅かな管理職を除けば男性が声優のマネージャーで家族を養って一生食べていくのは難しいでしょう」
社員すら芸能事務所と声優事務所では雲泥の差がある。この差はすべて必要な金が降ってこないことにある。芸能界という大きな括りから言えば声優業は上から下まで本当に儲からない仕事、声優業が好きだから、ただそれだけの情熱に支えられている。
実際の現場をまわし、人気を生み出す末端に金が降りてこない。テレビアニメなどその最たるものだ。結局のところ、アニメーターと同様に知らない誰かがいつのまにか金を抜いている。声の仕事に真摯に取り組み、共に作り上げた事務所は社長にとっても所属声優にとっても第二の実家、故郷のような存在だ。それがいくら努力をして勝ち抜いたとしても、人気を得たとしてもその人気ほどには演者も事務所も金銭的に報われない。そうして有望な組織が消えてゆく。声優が消えてゆく。
小さな業界の出来事かもしれないが、これは日本の構造問題そのものでもある。作品の人気を押し上げる声優、その声優を育て上げる声優事務所ほどに、その抜いている連中に価値はあるのだろうか。優勝劣敗以前の構造的な問題は、日本が誇る「クールジャパン」を「チープジャパン」に変えて蝕み続けている。
【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。かつて1990年代から月刊「コンプティーク」を始め多くのアニメ誌、ゲーム誌や作品制作に携わった経験を持つ。近年は文芸、ノンフィクションを中心に執筆。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。著書『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社・共著)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)他。近著『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。