「それに携行缶ならまだしも、自走車両ならガソリン入れていいわけじゃないですか、車両からだってバイクならガソリン簡単に抜けますし」
これはベテランスタッフの言う通りで最近の車しか知らない人にはわからないかもしれないが、昔の車はガソリンを簡単に抜けるし、バイクはいまも多くの車両が容易に抜ける。構造上もメンテナンス上も仕方のない話だ。そもそもガソリンタンクからガソリンを抜く作業は自分でメンテナンスするライダーならいまも普通に行う。雪深い北国など冬季保管のためにガソリンを抜くこともあるだろう。あえてサビ防止のため満タンに入れておく派もいるだろうが、ガソリンの劣化を嫌って抜く人もいる。実際、大阪の犯人も使用目的は「バイクに使う」と嘘を書いていた。ロングツーリングにも非常用の携行缶は必需品だ。
「用途はいろいろですけど給油以外で販売禁止ってわけにはいかないでしょうね。趣味ならともかく、仕事や生活で使う人もいるわけで」
携行缶で売りたくない店も。田舎や寒い土地は困る
顔なじみや近所で知った人同士ならともかく、誰が何に使うかまでスタンドは把握できない。都市部なら決められた手順と携行缶を持ってきたら拒否できない。「ガソリンスタンド事業者の皆様へ」として消防庁と警視庁は「不審者を発見した場合は、警察へ通報をお願いします」と通達しているが、その不審者かどうかの判断をガソリンスタンドに委ねるのは酷だろう。
「万が一のときは売った側が叩かれますからね、そんなのどうすればいいんでしょうね」
36人が亡くなった2019年の京都アニメーション放火殺人事件で犯人の男は「発電機に使う」として携行缶でガソリン40リットルを購入、男がガソリンを手に入れたスタンドは事件後に報道された。また、これにより客の身元や使用目的の確認と記録が事業者に義務づけられた。
「やれることはやってますけど、本音のところは難しい、としか言えません」
現場の正直な感想だろう。今回あげた事件はどれも凄惨で許しがたい行為だが、日々の生活で使わざるをえないガソリンをさらに規制して社会に不都合が生じては本末転倒、自由に包丁を買えることと罪を犯すことは別問題である。同じく人を殺傷できる裁ちばさみはどうするのか、電動ドリルや工具の錐(きり)はどうするのかという話にもなる。インターネットだって犯罪は後を絶たないし間接的に人を殺すことができる。同じ油なら今年10月に起きた山梨県甲府市の一家殺傷放火事件では灯油が使われた。同月の京王線で起きた無差別殺傷放火事件、いわゆる「ジョーカー」気どりの男が使用したライター用オイルだって危険物だ。安全のための規制は大事だが、生活のためにこれらが必要なこともまた真だ。
「さすがに直接給油以外は原則禁止、にはならないと思いますけど、こういう大きな事件があると難しいです。もちろん協力はしてますけど、そういうことをする人は身分証明とか販売証明なんて気にもしないでしょう。結局はその人次第な気もします」