林真理子

女性皇族の数奇な人生を描いた『李王家の縁談』

天皇陛下から「史料が大変でしょうね」と

 伊都子と、大正天皇妃である貞明皇后とのあいだの緊張関係が描かれているのも面白い。

「大正天皇が皇太子のときに、日光で静養中に、ダックスフントを方子の実家に押しつけて、何度も遊びに来たというのが日記に出てくるんですよね。しょうがないから紐をつけて散歩に出たら、皇太子が外で待ち構えている。おそらくひとめぼれで、伊都子さんは本当に綺麗だったし、お后の貞明さんとしたら、面白くはないですよね」

 貞明皇后の、どこか伊都子を疎ましく思う気持ちが、もしかしたら弟宮の結婚相手を選ぶ際に影響していたかもしれず、のちのち伊都子はそれで翻弄されることにもなる。

 方子の妹規子(のりこ)や、李垠の妹徳恵の縁談でも、伊都子の剛腕は発揮される。徳恵は精神を病んでいたが、貞明皇后の強い望みもあって、対馬の宗家を継いだ武志と結婚することになる。

「伊都子さんのキャラクターってすごく面白くて、果敢にいろんなことに挑戦して、だめでも別の打開策を探してみる。見ていて胸がすくようなところがあります。お姫さまだから、身分が下の人間を人と思わないところがある一方で、(その後、朝鮮の人への差別意識が社会に広がった中でも)朝鮮の人だから、という差別意識は全然ないんですね。自分自身も精神を病んだ時期があったので、徳恵に対してもとても優しい」

 飛行機が好きで、新しいもの好き。美男で知られた歌舞伎俳優市村羽左衛門が大のひいきと、ミーハーなところもあり、戦争中に「たまには歌舞伎もみとうございます」とこぼしたりする。

 戦争が終わり、待ち望んだ平和が訪れるが、戦後は伊都子にとって暮らしやすい時代ではなかった。

 伊都子の夫、梨本宮はA級戦犯に指定され、巣鴨プリズンに拘置される。半年後に不起訴で釈放されるが、臣籍降下し、経済的にも財産の切り売りでしのぐことになった。

 小説は、皇太子妃に正田美智子さんが内定したというニュースを見て、伊都子が衝撃を受ける場面で終わる。皇族にとっての縁談の重要性は、小室眞子さんの結婚で大揺れに揺れたいまの時代にもつながる、改めて考えさせられるテーマだ。

 この小説の執筆中、林さんは即位の礼や饗応の儀、園遊会など、皇室行事に参加する機会が何度もあったそうだ。

「行事の間じゅう、どなたも微動だにされないので、すごいと思いました。話し方に、かすかに京なまりが残っているのを感じましたね。天皇陛下からは、『いま何を書いているんですか』とご下問がありまして、『梨本伊都子さんのことを書いています』とお答えしたら、『史料が大変でしょうね』と仰ったんですよ」

【プロフィール】
林真理子(はやし・まりこ)/1954年山梨県生まれ。1982年、エッセイ集『ルンルンを買っておうちに帰ろう』がベストセラーに。1986年「最終便に間に合えば」「京都まで」で直木賞、1995年『白蓮れんれん』で柴田錬三郎賞、1998年『みんなの秘密』で吉川英治文学賞を受賞。近著に『綴る女 評伝・宮尾登美子』『美女ステイホーム』『Go Toマリコ』『美女の魔界退治』『小説8050』などがある。

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2022年2月3日号

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