「うちの子は絶対に映すなと、えらい剣幕で電話をかけてきたお父さんがいました。そのお父さんは、チームのホームページに子供の顔写真だけでなく、名前を出すのもダメ、とにかく子供にはプライバシーがあるし、親としても許可しないと、普段からやたら敏感でした」(江口さん)
江口さんの子供が所属するチームのホームページでは、メンバー紹介の欄でその子供だけ顔写真がなく、名前はイニシャルになっていた。父親からの要望でそのようにしていたのだが、子供自身は自分だけ匿名で顔写真がないことに後ろめたさや寂しさを感じていると知った。そのため、父親に再度、他のメンバーと同じように掲載したいと交渉をしたが、取り付く島なし、といった鬼の形相で断られてしまった。
「数年前、その子の兄がスポーツクラブに所属していた時に、同級生がある事件に巻き込まれたそうです。そのとき、クラブのホームページで子供の名前を見たメディアの記者が、事件関係者のことを知っていたら教えて欲しいと、家へ取材にきたのだと。それ以来、子供のプライバシーだけは絶対に守りたい、そう告げられました。大袈裟なと言いかけましたが、烈火のごとく怒るお父さんを前に何も言えません」(江口さん)
事件に巻き込まれた同級生のチームメイトとして記者が名前を知ることになった原因がスポーツクラブのホームページだったのか、実際には分からない。地方で暮らしていれば、家族構成などは特に親しくなくても知られているものだし、どこの誰から同級生が住む家だと知られても不思議はないようにも思える。取材には関わりたくないと、親として断ればよいだけなのだが、見知らぬ人物の突然の訪問が怖かったのだろう。その恐怖を取り除くために、彼なりに必死に工夫しているのかと考えると、どうなだめてよいのかわからなかったのだ。
間も無く卒業式シーズンが訪れるが、第6波はまだ終息とはいかないようだ。学校を無事に巣立っていく子供たちの姿を、なんとか親たちに見てほしい、そんな思いを抱く都内の私立中学教諭・畑田かおりさん(仮名・30代)が、学校側の苦心を吐露する。
「感染対策で卒業式に参加できる人数を限定していることもあり、我が校でも外部業者にお願いをして、卒業式の生配信をすることが決定しています。でも、中には『うちの子を映すな』とおっしゃる親御さんもいます。ですから、事前に保護者から承諾書にサインをしてもらっているのですが、数名の生徒の親が『拒否』。その子たちだけ撮影しない、配信しないということになっていますが、当の子供たちの表情は曇っています。拒否する言い分も分かりますが、もう少し、理解してもらえないものでしょうか」(畑田さん)
IT化が進みありとあらゆる情報が溢れる現代、プライバシーを重視する親たちの気持ちはわからないでもない。しかし、数少ない子供の晴れ舞台を、特に一生に一度限りの入学式や卒業式という節目にまで、頑なにその姿勢を貫き通さなければならないのか。配信は学校関係者向けに限られているものにも関わらずだ。卒業アルバムへの我が子の掲載すらも拒むのか。
ネット上のトラブル、そこに起因する事件のニュースなどを見て、負の側面ばかりが気になる気持ちは理解できる。しかし、どれだけ利点を説いても、考え方を変えるつもりはないのだろう。コロナ禍にならなければ浮き彫りにならなかった分断、といえるのかはわからないが、一番の被害者が子供たちであることだけは、忘れてはならない。