「愛国心」と「軍国主義」を吟味せよ

 私の愛読者ならもうお気づきになったかもしれないが、だからこそ地球人類最大の難題は中国なのである。ロシアがなぜ共産主義の影響を脱し民主国家への道を歩めたかと言えば、やはりキリスト教(ロシア正教)の伝統があったからだ。こうした神(=平等化推進体)が文明のなかに存在する国家あるいは民族は、民主主義を育成することができる。ところが、中華文明にはそれがまったく無い。だから中華人民共和国には民衆の側に立つマスコミも無ければ真の野党も無い。

 思い出していただきたいのは、中国がイギリスとの約束を破って香港の民主主義を徹底的に弾圧したときである。あのときに中国本土で、今回ロシア国内で行なわれているような民衆の政府批判デモがあったか? もちろん中国の法律はそうした反政府デモを厳しく禁じてはいるのだが、それだけでは無い。中国では大人だけでは無く、若者も民主主義などまったく評価していないのだ。

 ずいぶん前から中国は人民を「鉄のカーテン」のなかに閉じ込めたりはせず、自由に海外旅行をさせていた。だから、中国本土では絶対アクセスできない天安門事件の情報でも、民衆は手に入れようと思えばいくらでも手に入れられる。つまり、真実を知ることができる。にもかかわらず、彼らはまったく変わらないし変わろうともしない。むしろ、オリンピックの相次ぐ(2008年夏季、2022年冬季)成功で中国共産党そして習近平指導部への信頼はこれ以上ないほど高まっている。嘘で固めなければいけなかったプーチンとは大違いだ。そしてまさにここに、絶対に民主化できない国家である中国、絶対民主化できない民族である中国人という、人類最大の難題が存在するのだ。

 話を幸徳秋水に戻そう。幸徳は、明治の啓蒙思想家で「日本のルソー」とも言われた中江兆民(1847~1901)の愛弟子だった。土佐・中村出身の幸徳が大阪で縁を得て中江家の住み込み書生となったのは、十七歳の冬のことである。「秋水」という号も、幸徳の才能を愛した師中江兆民から贈られたものである。「秋水」には「切れ味の良い刀」と「澄みきった水」という二つの意味がある。秋水は終生軍隊を認めなかったから兆民は後者の意味で贈ったのかもしれないが、同時に秋水は冒頭の文章にも見られるように達意の名文家だったから、その文章の「切れ味」を賞してのことだったかもしれない。

 多くの研究者は、幸徳の主著『廿世紀之怪物 帝國主義』は、兆民の主著『三酔人経綸問答』(1887年〈明治20〉刊行)の影響を受けていると指摘する。この著作は、登場人物の「洋学紳士」「豪傑君」「南海先生」の三人が大日本帝国憲法の制定を前にして、酒を酌み交わしながら「これからの日本が進むべき道」を談じる、という趣向になっている。

 民主主義者「洋学紳士」は自由・平等・博愛を国是とした民主化と非武装を説き、軍国主義者「豪傑君」は軍備拡張を基本とする植民地獲得による国勢の拡大を主張する。そして兆民自身の考えにもっとも沿うと思われる「南海先生」は、対外的には平和外交と自衛に徹した軍隊の維持、国内的には立憲君主制から民衆主体の真の民主制への漸進的移行を提案した。要するに「洋学紳士」は理想的ではあるが現実的では無く、逆に「豪傑君」はきわめて現実的だがアジアの平和ひいては世界の安寧を考えるならば、その道に行くべきではないということだろう。しかし、日本は結局「豪傑君」の道に進んだ。それは危険な誤った道であることを世に訴えようとしたのが『廿世紀之怪物 帝國主義』なのである。

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