宿の帳場(フロント)には各階の廊下の様子を映し出すモニターがある。これでマサやんの行動を把握し、トイレを使い終わればすぐに、消毒液と紙ナプキンを持って消毒に行く。
「便器やドアノブはもちろんだけど、お年寄りってよろけていろんな所に手をつくから、動作を推理しながら、この辺も触ってそうだなって思うところを全部拭き掃除するんです」
マサやんの症状は比較的軽く、2週間ほどドヤで療養して回復に至った。
2人目は今年2月、2階に住む73歳の男性がPCRで陽性となった。マサやんの時と同じゾーニングや消毒を行なったが、この男性には認知症の症状がない分、「楽だった面もあったわね」と豊田さんは振り返る。
「お弁当の入った袋をドアノブに掛けて、ノックしてから声をかけるの。ここにお弁当を引っ掛けておくから、10数えた後に取ってくださいねって。その間に私は離れるからって。マサやんは少し認知症の症状があって、こういうやり取りができないから、ビニールカーテンからそっと手を伸ばして渡してたのよ」
(後編につづく)
【プロフィール】
末並俊司(すえなみ・しゅんじ)/1968年、福岡県生まれ。介護ジャーナリスト。2006年からライターとして活動。近著『マイホーム山谷』で第28回小学館ノンフィクション大賞受賞。
※週刊ポスト2022年5月27日号