――しかも、その気配りを何十頭分もやらないといけないわけですからね。
田中:過去に四十頭の馬を使った合戦シーンがありました。その日は、四十頭が走ってくるところに砲弾が撃ち込まれて、爆破して、二頭の馬が倒れて……みたいな、ただでさえ危険なシーンの撮影でした。
雑兵で二百人ほどエキストラが集まっている状況で、撮影現場は牧草地でかなりアップダウンがある。その上、直前までどしゃ降りだったんです。最終的に、撮影の可否をその現場で僕に判断してほしいと言われて。行って現場を見たら、地面はズブズブ。一目見て、「ああ、これは厳しいな」と思いました。ただでさえ危険なシーンを撮らないといけないので「今日は中止にしましょう」と言いました。その判断は僕に委ねられるんです。これは難しいですよね。
――大がかりな合戦シーンだと、撮影を一日延期するだけで予算もスケジュールも膨れますからね。
田中:今日一日飛ばすと、二千万円飛ぶわけです。でも、死亡事故が起きたら二千万円では済まない。ましてや、大河ならそんな事故が起きたら今まで撮った映像も全部お蔵入りになってしまいます。その判断というのは、いつも冷静にできるようにしておかないといけない。
【プロフィール】
田中光法(たなか・みつのり)/1967年生まれ、東京都出身。ラングラーランチ代表。4歳のときに家族で山梨県小淵沢に移住。NHK大河ドラマ『葵 徳川三代』『武田信玄』『真田丸』や現在放送中の『鎌倉殿の13人』まで数々の映像作品で馬術指導を担当。
【聞き手・文】
春日太一(かすが・たいち)/1977年生まれ、東京都出身。映画史・時代劇研究家。
撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2022年7月22日号