今久留主は7回にも2失点を喫した。だが、13安打を浴びながら9回を投げ抜き、わずか3失点にとどめた今久留主を責めることなど誰ができようか。
聖隷打線は、2番からだった8回裏の攻撃を、わずか4球で終わってしまう。横投げの相手投手は腕の出所が見やすいために、打者心理としてついつい「打てる」と思ってしまうのだろう。球威はなくとも、そこからボール球になる変化球につい手が出てしまう。見事に相手の術中にはまった形だった。最終回も、先頭打者の塚原がセンター前ヒットで出塁するも、続く堀内謙吾がダブルプレーに倒れて万事休す。この日、ベンチに戻ってきていた弓達が打席に入ることなく、試合は終わった。
前日の雨が嘘のように、静岡県草薙球場の上空は青く澄み渡っていた。涙に暮れる選手やマネジャーを横目に、涼しい表情で引き上げてきたのが弓達だった。
「悔しい思いしかないです。他の感情はあるかと聞かれたらないです。攻めるべきところで攻めきれなかった。負ければ終わりという緊張感に、自分たちが勝てませんでした」
この日、初めて報道陣の取材要請に応えた上村監督は開口一番に「ここまでが長かったです」と明かした。しばらく問答が続き、囲み取材は10分ほどで終了した。私が労いの言葉をかけようと近づくと、先に上村監督の口が開いた。
「なんとか甲子園に行きたかったですけどね……申し訳ない」
聖隷はこの夏の静岡大会で、1月の選抜選考委員会で選考委員たちが評価しなかった「個の力に頼らないチームの力」で勝ち上がった。もし静岡大会を制することができたのならば、それが即ち、選考委員の判断が間違っていたことを証明することであった。
だが、甲子園への道半ばで、上村監督率いる聖隷は敗れた。
(第3回につづく)
【著者プロフィール】柳川悠二(やながわ・ゆうじ)/1976年、宮崎県生まれ。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。新著『甲子園と令和の怪物』(小学館新書)では、ロッテ・佐々木朗希の大船渡高校時代の岩手大会決勝「登板回避」について、当時の國保陽平監督の独占証言をもとに詳細にレポートしている。