スポーツ

瀬古利彦を育てた中村清監督、エスビー時代に繰り返し伝えた「才能は有限、努力は無限」

駅伝でも“エスビー軍団”は最強を誇った(1984年の東日本実業団対抗駅伝で瀬古からタスキを受けるロス五輪1万m代表の金井豊。写真/共同通信社)

駅伝でも“エスビー軍団”は最強を誇った(1984年の東日本実業団対抗駅伝で瀬古からタスキを受けるロス五輪1万m代表の金井豊。写真/共同通信社)

 世界で戦えるマラソン選手の育成──そのことに心血を注いだのが、早稲田大学競走部の監督などを歴任した中村清(1985年没、享年71)だ。エスビー食品陸上部監督時代には、有望選手が次々と“中村学校”の門を叩いた。その指導法には、「常軌を逸している」と言われるほどの凄みがあった。(文中敬称略)【全3回の第3回。第1回から読む】

 * * *
 瀬古利彦(現・日本陸連副会長)は早大卒業後もエスビー食品陸上部で、同部監督を兼ねるようになった中村の指導を受ける。瀬古は「何の疑問も抱かなかった」と話す。

「大学3年の箱根駅伝が終わった(1979年)1月3日に監督の家の風呂に入っていたら、“お前の就職が決まったから”と言われました。どこですかと聞くと、エスビーだと。ピンと来なかったけど、“ハイ、わかりました”とだけ答えました」

 その後、早大のライバルにあたる強豪・日体大の主力選手が次々とエスビーに進むことが決まっていく。瀬古が言う。

「私のイメージではエスビーは“中村学校”でしたね。中村監督という校長先生がいて、この人の言うことが正しいと思う選手が集まってくる」

 日体大から加入した一人が、モスクワ五輪5000m代表に決まっていた中村孝生だ。現在は立正大学陸上競技部駅伝部門監督の中村がこう語る。

「中村清先生と初めて話したのは大学2年で陸連のヨーロッパ遠征メンバーに選ばれた時です。“頑張っているね”と声を掛けられた。その後、何度かアドバイスを受ける機会があり、その通りにして結果が伴った。この人の助言には間違いがない、という印象が強くなっていきました」

 その中村孝生と日体大の同期で、のちに1988年ソウル五輪のマラソン日本代表となる新宅雅也も、“中村学校”行きを決意した。新宅はこう話す。

「フォームで悩んでいた時期に、瀬古君の指導でヨーロッパ遠征に帯同する中村監督に相談したら、“俺なら3か月で直せる”と断言された。この人に指導を受けようと、その時に決めました」

 ただ、日体大からのエスビー入りはすんなりとは決まらなかったという。前出・中村孝生が言う。

「日体大関係者の間で大問題になりました。どうも大学の問題というより、中村先生のところに瀬古、新宅、中村の3人が集まるのを日本陸連がよしとしなかったようです。陸連は中村先生が思い通りにならない存在で手を焼いていたとも聞きます」

 あまりに個性的な指導は当時も異端視されていたようだが、それでも“中村学校”で指導を受けたい思いは変わらなかった。

「反対を押し切って入社してからは、結果を出すための練習がどういうものか強く意識させられました。“エスビー軍団”とよく言われますが、中にいると軍団というイメージはない。中村先生が基本的な練習の考え方は決めますが、細かくは瀬古、新宅、中村と三者三様に自分で練習を組み立てて、大会に合わせて調整していくのです」(同前)

 繰り返し伝えられたのは「才能は有限、努力は無限」という言葉だ。

「結果が出ないのは努力が足りなかったということ。自分に厳しくしないといけない。そういう考え方が重要と学びました。あとはやはり、中村先生の迫力です。“銃の引き金を引いていたから人差し指の太さが違う”と話していた。たしかに、人差し指が親指くらいある。それで“陸上は結果が悪くても命まで取られない”と言われると、ウッとなりますよね」(同前)

関連キーワード

関連記事

トピックス

水原一平氏のSNS周りでは1人の少女に注目が集まる(時事通信フォト)
水原一平氏とインフルエンサー少女 “副業のアンバサダー”が「ベンチ入り」「大谷翔平のホームランボールをゲット」の謎、SNS投稿は削除済
週刊ポスト
解散を発表した尼神インター(時事通信フォト)
《尼神インター解散の背景》「時間の問題だった」20キロ減ダイエットで“美容”に心酔の誠子、お笑いに熱心な渚との“埋まらなかった溝”
NEWSポストセブン
水原一平氏はカモにされていたとも(写真/共同通信社)
《胴元にとってカモだった水原一平氏》違法賭博問題、大谷翔平への懸念は「偽証」の罪に問われるケース“最高で5年の連邦刑務所行き”
女性セブン
富田靖子
富田靖子、ダンサー夫との離婚を発表 3年も隠していた背景にあったのは「母親役のイメージ」影響への不安か
女性セブン
尊富士
新入幕優勝・尊富士の伊勢ヶ濱部屋に元横綱・白鵬が転籍 照ノ富士との因縁ほか複雑すぎる人間関係トラブルの懸念
週刊ポスト
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
《愛子さま、単身で初の伊勢訪問》三重と奈良で訪れた2日間の足跡をたどる
女性セブン
水原一平氏と大谷翔平(時事通信フォト)
「学歴詐称」疑惑、「怪しげな副業」情報も浮上…違法賭博の水原一平氏“ウソと流浪の経歴” 現在は「妻と一緒に姿を消した」
女性セブン
『志村けんのだいじょうぶだぁ』に出演していた松本典子(左・オフィシャルHPより)、志村けん(右・時事通信フォト)
《松本典子が芸能界復帰》志村けんさんへの感謝と後悔を語る “変顔コント”でファン離れも「あのとき断っていたらアイドルも続いていなかった」
NEWSポストセブン
水原氏の騒動発覚直前のタイミングの大谷と結婚相手・真美子さんの姿をキャッチ
【発覚直前の姿】結婚相手・真美子さんは大谷翔平のもとに駆け寄って…水原一平氏解雇騒動前、大谷夫妻の神対応
NEWSポストセブン
違法賭博に関与したと報じられた水原一平氏
《大谷翔平が声明》水原一平氏「ギリギリの生活」で模索していた“ドッグフードビジネス” 現在は紹介文を変更
NEWSポストセブン
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
カンニング竹山、前を向くきっかけとなった木梨憲武の助言「すべてを遊べ、仕事も遊びにするんだ」
女性セブン
大ヒットしたスラムダンク劇場版。10-FEET(左からKOUICHI、TAKUMA、NAOKI)の「第ゼロ感」も知らない人はいないほど大ヒット
《緊迫の紅白歌合戦》スラダン主題歌『10-FEET』の「中指を立てるパフォーマンス」にNHKが“絶対にするなよ”と念押しの理由
NEWSポストセブン