現代人のなかには、与謝野晶子が「日本人はすべて天皇の臣下」という前提のもとに物事を語っていることを、気に食わないと感じる人がまだまだいるかもしれない。しかし、そう感じる人は歴史がまるでわかっていない。以前にも説明したが、いまわれわれ日本人が空気のようにあたり前と感じている「万人平等」という信念は、人類の長い歴史のなかで見れば「つい最近」成立したものに過ぎない。

 フランス革命やアメリカ独立では「神の下の平等」という形でそれを達成したが、日本はキリスト教国では無いので、そうした「平等化推進体(その下では万人平等が成立する存在)」が無かった。そこで、日本人は日本古来の神道と「外来宗教」の朱子学を組み合わせて天皇を神の座に押し上げた。そのことによって初めて「天皇の下の(臣下としての)平等」が成立し、士農工商も関白や将軍も廃止することができた。

 現代の日本の民主主義はその「一君万民思想」が定着したことによって生まれたのであり、当然その過程である明治時代には、むしろそう考えるのがあたり前なのである。それを「日本人がすべて天皇の臣下なんて、与謝野晶子も案外古臭いな」などと考えることは、もう一度言うが歴史がまるでわかってないということだ。

 これに対し「朱子学だけ」だった中国は、これから先の話になるがキリスト教徒の革命家孫文が悪戦苦闘して民主主義を定着させようとしたが失敗する。平等化推進体が文明のなかに存在しない中国では、朱子学の士農工商という身分秩序に象徴される「人間は決して平等では無く、選ばれたエリートが愚かな大衆を指導監督するのが正しい国家運営だ」という信念を破壊することができず、根底に同じ考えを持つ共産主義の国家となってしまう。

 ロシアも一時ソビエト連邦という形で共産主義国家になったが、ロシアはそもそもキリスト教国であり平等化推進体が存在したので、ソビエト連邦は崩壊した。いまはウラジミール・プーチンという独裁者に昔の夢を見せられているが、長い目で見ればロシアは民主主義国家になる。しかし、中華人民共和国は当分崩壊もせず民主主義国家にも転換しないだろう。

 さらに念のため付け加えるが、日本の民主主義成立が歴史的にこうした過程をたどったことは事実だが、だからといって私は天皇を再び神格化せよと言っているのでは無い。フランス革命でもその平等の理念は当初キリスト教に基づくものであったが、のちにすべての人民に適用されるようになった。だからこそキリスト教徒に敵視されていたユダヤ人のアルフレド・ドレフュスはフランス陸軍の軍人になれたのだし、そのドレフュス大尉が無実の罪で落とされたときにキリスト教徒のエミール・ゾラがその無法を徹底的に糾弾したのだ。時計の針を逆に戻す必要はまったく無い。

「日本人は無宗教」という思い込み

 話を戻そう。与謝野晶子はこの南北朝正閏問題に「悪ノリ」した人間の代表として、大隈重信を糾弾している。

〈大隈重信伯爵は、楠木正成が大忠臣としておおいに賞揚されているからこそ南朝は正統だと藤澤元造代議士に賛成しているようですが、臣下の忠不忠を基準にして皇統の正不正を論じることはきわめて奇怪で、はなはだ畏れ多いことだと思いますし、南北両朝に対し大義名分論をするのは不敬きわまる無用の沙汰です。〉

 たしかに、このあたりは、「臣下が皇統の是非を論じるのは不敬」という考えをより強く前提にしたものなので、前段で紹介した「客観的事実に即して歴史を見る」という至極まっとうな態度とは少し異なる。しかし、歴史的事実をイデオロギー的価値観で左右せず素直に事実として見るべきだと考えるからこそ、こういう表現になるとも言える。そして結論は次のようになった。

〈私は文部省の政策に欠点が多いことは知っていますが、「南北両朝併せて正統とする(並立を認める)」という見解は、高く評価します。念のため、誤解の無いように申し上げますが、(「南朝正統論」に異議を唱えているとはいえ)私は北朝正統論こそ正しい、と言っているのではありません。南北両朝いずれも正統だと認め、それが五十年近く二つに分かれたのは、あくまで皇室の内輪の争いであって臣下である私たちがどちらかをニセモノの天皇だと批判すべき性質のものでは無く、むしろ皇室がそういう異常な状態の時代もあった、と過去の事実を素直に事実として認め、南北どちらの天皇に仕えた人々もえこひいきせずに評価すべきだと考えます。〉

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