ライフ

【逆説の日本史】「南朝正統論」に異を唱えた歌人・与謝野晶子の良識に基づいた見解

『東京朝日新聞』1911年(明治44)2月19日付朝刊

『東京朝日新聞』1911年(明治44)2月19日付朝刊

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 その9」をお届けする(第1354回)。

 * * *
 代議士藤澤元造は南北朝正閏問題で、「南北朝並立」の史観を持つ政府・文部省に対し「南朝正統論こそ正義」という立場で質問書を提出し、断固糾弾するつもりであった。そして、この行動計画は逐一この立案者である牧野謙次郎、松平康国両名によって朝日新聞にリークされていた。もちろん世論を味方につけるためのマスコミ戦略である。

 世論は味方についた。逆に言えば、「文部省はケシカラン」ということになった。前にも述べたように、日本近代史の研究者のほとんどは近代史しか知らないから、南北朝正閏問題の意味がよくわからず通り一遍の扱いしかしないのだが、ここはきわめて重要である。合理的あるいは西洋的と言ってもいいが、そうした考え方をすれば南朝正統論は支持を得られるはずが無いのに、日本ではこれが大衆の支持を得た。だからこそ、桂首相や政府首脳部はおおいに慌てたのである。

 では、当時の日本人のなかに、それも学者以外で政府の見解を支持し南朝正統論に異を唱えた人間はいなかったのか? 少なくとも一人いた。それは歌人与謝野晶子で、彼女の意見は他ならぬ朝日新聞に掲載された。この時代の朝日には、まだオプエド(opposite the editorial page)が掲載されるべきだとの良心的感覚が残っていたのだろう。幸徳秋水ら処刑の約一か月後、一九一一年(明治44)二月十九日付の紙面に載せられた「南北朝正閏論 誰ぞ僭越な斷案」という表題の文章で、与謝野晶子はこの問題を語っている。

 その書き出しは、「『天に二日無し』と云ふ樣な支那流の考へを持出すのは我國の歴史を知らない人の考へです」と、「僭越な斷案」をしている人々(南朝正統論者)を厳しく批判している。以下、彼女の文章は男と違って難解な漢語は用いず平明なものだが、それでもとくに若い人には理解困難だと思うので私が現代語訳する。念のためだが「天に二日無し」とは、「天に二つの太陽が無いように、地にも二人の君主はいない(本当の君主は一人だけ)」という意味であり、「誰ぞ僭越な斷案」とは「皇室の問題に関し、本来言うべきではない立場の人物が結論を振りかざしている。それはいったい誰!」ということだ。

 以下その続きを紹介するが、当時の人々にとっては常識だったが現代人としては非常識となっている部分もあるので、そこは理解を深めるために( )内の言葉で補わせていただく。( )内の言葉は原文には無いが、与謝野晶子はそこまで書かずとも読者はわかると考えていたはずで、それを「常識」と呼ぶわけだ。

〈中国のように姓の違う皇帝が並立する(「三国志」時代のような)国なら誰が正統かを決める必要があるでしょうが、(日本は天皇家の統治する国と決まっており)その内輪の争いから一時的に相続上の異常な状態が生じ、それを臣下である日本人が南北それぞれの天皇に仕えるという形でやり過ごしたに過ぎません。それゆえ日本史を深く知れば知るほど、南北いずれも正統な皇室であり、どちらが正でどちらが不正かなどという(臣下の立場から見れば僭越な)断定を下す必要はまったく無いのです。日本史を振り返れば、「天に二日」どころか「三日」も「四日」も並行した時代がありました。院政時代のことです。その時代には天皇のほかに法皇や上皇がおられ、それぞれ違った御命令を出されていたではないですか。〉

 これに続く文章はいかにも歌人らしい趣のあるものなので、一部原文を使用する。

〈そうした(二日どころか三日も四日もあった時代も)私どもは「皇統と言ふ一本の幹に幾つかの枝が出て各花を開いたと眺める丈」でよく。過去の皇室に(南北朝時代という)異常な状態があったことにつき、南朝だけを正統だと主張するような僭越な結論づけはすべきでは無いと考えます〉

関連記事

トピックス

野生のヒグマの恐怖を対峙したハンターが語った(左の写真はサンプルです)
「奴らは6発撃っても死なない」「猟犬もビクビクと震え上がった」クレームを入れる人が知らない“北海道のヒグマの恐ろしさ”《対峙したハンターが語る熊恐怖体験》
NEWSポストセブン
8月20日・神戸市のマンションで女性が刺殺される事件が発生した(右/時事通信フォト)
《神戸市・24歳女性刺殺》「エレベーターの前に血溜まり、女性の靴が片方だけ…」オートロックを突破し数分で逃走、片山恵さん(24)を襲った悲劇の“緊迫の一部始終”
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘に関する訴訟があった(共同通信)
「オオタニは代理人を盾に…」黒塗りの訴状に記された“大谷翔平ビジネスのリアル”…ハワイ25億円別荘の訴訟騒動、前々からあった“不吉な予兆”
NEWSポストセブン
話題を集めた佳子さま着用の水玉ワンピース(写真/共同通信社)
《夏らしくてとても爽やかとSNSで絶賛》佳子さま“何年も同じ水玉ワンピースを着回し”で体現する「皇室の伝統的な精神」
週刊ポスト
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
《駆除個体は名物熊“岩尾別の母さん”》地元で評判の「大人しいクマ」が人を襲ったワケ「現場は“アリの巣が沢山出来る”ヒヤリハット地点だった」【羅臼岳ヒグマ死亡事故】
NEWSポストセブン
決勝の相手は智弁和歌山。奇しくも当時のキャプテンは中谷仁で、現在、母校の監督をしている点でも両者は共通する
1997年夏の甲子園で820球を投げた平安・川口知哉 プロ入り後の不調について「あの夏の代償はまったくなかった。自分に実力がなかっただけ」
週刊ポスト
真美子さんが信頼を寄せる大谷翔平の代理人・ネズ・バレロ氏(時事通信)
《“訴訟でモヤモヤ”の真美子さん》スゴ腕代理人・バレロ氏に寄せる“全幅の信頼”「スイートルームにも家族で同伴」【大谷翔平のハワイ別荘訴訟騒動】
NEWSポストセブン
中居正広氏の騒動はどこに帰着するのか
《中居正広氏のトラブル事案はなぜ刑事事件にならないのか》示談内容に「刑事告訴しない」条項が盛り込まれている可能性も 示談破棄なら状況変化も
週刊ポスト
離婚を発表した加藤ローサと松井大輔(右/Instagramより)
「ママがやってよ」が嫌いな言葉…加藤ローサ(40)、夫・松井大輔氏(44)に尽くし続けた背景に母が伝えていた“人生失敗の3大要素”
NEWSポストセブン
ヒグマの親子のイメージ(時事通信)
【観光客が熊に餌を…】羅臼岳クマ事故でべテランハンターが指摘する“過酷すぎる駆除活動”「日当8000円、労災もなし、人のためでも限界」
NEWSポストセブン
2013年に結婚した北島康介と音楽ユニット「girl next door」の千紗
《金メダリスト・北島康介に不倫報道》「店内でも暗黙のウワサに…」 “小芝風花似”ホステスと逢瀬を重ねた“銀座の高級老舗クラブ”の正体「超一流が集まるお堅い店」
NEWSポストセブン
夏レジャーを普通に楽しんでほしいのが地域住民の願い(イメージ)
《各地の海辺が”行為”のための出会いの場に》近隣住民「男性同士で雑木林を分け行って…」 「本当に困ってんの、こっちは」ドローンで盗撮しようとする悪趣味な人たちも出現
NEWSポストセブン