それは常に命がけで生きてきた彼女達の魂の叫びであり、行動原理でもあった。
「もっと卑近な例で言えば、電車やバスの優先席以外は誰でも自由に座っていいのがルール。でも前に妊婦や高齢者がいた時に、あなたは席を譲りますか、譲りませんかって話なんです。
確かに法的に正しければ何をしてもいいという人はいるし、現に今はそっちの発想が優勢になりつつある。でも法律やルールとは違う独自の物差しを持ち、逐一判断することも、やっぱり大事だと思うんですね。例えば望まない妊娠をした人は全員中絶しろともするなとも、法律で決められるなんて御免でしょ。それは当事者が判断すべき問題で、その分責任は伴いますよという前提で、私は彼女達の決断を書いたつもりです」
紀子と薫、各々の選択を肯定するのも否定するのも読者次第。が、〈法律で裁けない悪意〉と日々向き合う彼女達の「殺すなではなく殺されるなだ」という台詞ほど、深い哀しみや怒りや当事者性をもって突き刺さる言葉もないのは確かだ。
【プロフィール】
佐野広実(さの・ひろみ)/1961年横浜市生まれ。横浜国立大学卒。私立中高の国語教師や業界誌編集者の傍ら、1999年に島村匠名義の『芳年冥府彷徨』で第6回松本清張賞を受賞し作家デビュー。『聖戦』『上海禁書』『菊の簪』等、歴史小説や伝奇小説まで幅広い作品を発表。2020年『わたしが消える』で第66回江戸川乱歩賞を受賞し、佐野広実として再デビュー。前作『誰かがこの町で』のヒット以降、島村作品の復刊や電子書籍での刊行も相次ぐ。「新青年」研究会会員。160cm、56kg、B型。
構成/橋本紀子 撮影/朝岡吾郎
※週刊ポスト2022年11月4日号