やがてアルファレコード設立直後の村井邦彦氏や、立教高在学中からその名を知られた細野晴臣氏など、綺羅星の如き精鋭が集結し、アルバム『ひこうき雲』は世に放たれた。当初は本人すら歌うつもりのなかった、ユーミンのボーカルで。
「女性作詞家はいても作曲家はほぼいない男社会で、10代の女の子が才能を曲げずに世に出られたこと自体、奇蹟だと思うんです。新しい音楽には新しい声が必要だと見抜いた村井さん達の炯眼や、世に出るタイミングが1つ違っても、こうはなっていないと思います」
都心までは浅川と多摩川を越え、電車で1時間弱。友人とは一定の距離を置き、それでも一目置かれる人気者は、大好きな音楽のためならどこへでも出かけた。
「群れず、囚われず自由な彼女も、川を渡れば八王子の由実ちゃんに戻る。ユーミン自身、『やさしさに包まれたなら』や『守ってあげたい』のベースにある秀ちゃんとの関係を『凄くフォーキーなもの』と言っていて、郷愁や東京を少し外から見る視線が欠けても、ここまでの国民性は得られなかったかもしれません」
そんな彼女が自分だけの音楽をつかみとった瞬間を、著者は事実や証言に基づきつつ、想像力で一から紡ぎあげる。その実際に福音が鳴り響くような空間の神々しさこそ、この小説の白眉だ。
【プロフィール】
山内マリコ(やまうち・まりこ)/1980年富山市生まれ。大阪芸術大学芸術学部映像学科卒。京都でのライター活動を経て上京し、2008年に「十六歳はセックスの齢」で第7回「女による女のためのR-18文学賞」読者賞を受賞。2012年の初単行本『ここは退屈迎えに来て』が話題に。著書は他に『アズミ・ハルコは行方不明』『かわいい結婚』『あのこは貴族』『メガネと放蕩娘』『選んだ孤独はよい孤独』『一心同体だった』等、映像化作品も多数。また映画や美術系レビューにも定評。158cm、B型。
構成/橋本紀子 撮影/国府田利光
※週刊ポスト2022年11月18・25日号