精神科医で形成外科医の中嶋英雄氏
一方で、なかなか回復に時間がかかるのが、青年期以降に発症した場合だという。
「10代ですでにあった兆しに気づけず、とらわれを悪化させてしまっている人、社会人になってから劣等感を抱き、ひとりで抱え込んで立ち行かなくなっている人。あるいは経済的に自立しているがゆえに、美容整形を何度も繰り返し、完璧な顔を目指して終わりが見えなくなってしまう人。整形費用を稼ぐために夜の職業から風俗の仕事をはじめ、さらに自分を傷つけて深手を負ってしまう人もいます。
10代から20代に多いと言われる身体醜形症ですが、実際にはどの年齢であっても発症するリスクのある病気です。女性の場合は、とくに40代から50代にかけて子育てが一段落した頃に症状が出る人が増えていると感じます。子どものため、家族のためと自分を犠牲にしてきた女性が、歳を重ねた自分とあらためて向き合ったとき、肌のシミやしわの存在に気づいてハッとし、そこから美容皮膚科や美容整形外科に通い詰めてしまうのです」
「身体醜形症」の兆候とは
自分を美しく見せたい、カッコよくありたい。そう思う気持ち自体は人として自然な感覚であり、否定する必要はないと中嶋先生は言う。鏡を1日に何度も見たからといって、こころの病気であるわけではない。では、そうした自然な美への欲求と、顔の美醜にとらわれてしまう身体醜形症との違いは何なのだろうか。たとえば次のような兆候は、身体醜形症であるかもしれないサインだ。
あてはまる項目がひとつでもあったら、あなたも身体醜形症の可能性がある。
・顔や身体の気になる部分を、鏡で毎日何時間も確認している。
・顔や身体の気になる部分を何度も自撮りしている。
・顔や身体の気になる部分について、いつもインターネットで検索している。
・ほかの人の視線が、自分が気にしている部分に集中していると感じる。
・自分が醜いせいで、家族や友人を不快な気分にさせていると思う。
・自分の人生がうまくいかないのは、外見が醜いからだと思う。
・美容整形で気になる部分を治せば、すべてがうまくいくと思う。
・人に見られたくないので、外出できない。
美容整形は解決策となるのか
では、どうしたら顔へのとらわれを解消できるのだろうか。身体醜形症の傾向がある人がまず思い浮かべるのは、美容整形だという。
「自撮りした写真をスマートフォンの加工アプリで理想の顔に修正したりして美容整形のシミュレーションを繰り返すのも、身体醜形症の患者さんに多く見られる行為です。SNS上で“いいね”がたくさんついたりすれば、誰にも相談しないまま美容整形クリニックを訪ねてしまう人も少なくありません」
現在は精神科医として活躍する中嶋氏だが、それ以前は形成外科医として数々の外科手術をおこなってきたという稀有な経歴を持つ。ゆえに美容整形という選択肢も、ケースによってはありだという。
「たしかに身体醜形症の患者さんには、いちど整形をすると整形依存に陥りやすい傾向がありますから、多くの精神科医が美容整形に否定的なのもわかります。けれども私は形成外科医として、美容整形も、ときには利用したらいいと思っています。もちろん誰にでもすぐお勧めするわけではないですが、美容整形によって救われる方もいるからです」
形成外科医の視点で見ると、実際に先天的な病気が隠れている場合もあるという。
「たとえば、第一第二鰓弓(さいきゅう)症候群といって、下あごや耳、口などの片側の発育が悪いために、顔に変形やゆがみが生じる病気がありますが、程度によっては本人も周囲も気づきません。形成外科医が診て病名がつき、そして社会生活に支障が出る程度と判断されれば健康保険の適用となり、ゆがみも変形もきれいに治ります。その結果、“自分は醜い”と思い悩んでいたこころの問題も解決してしまうこともあります」
