「バカなことをいっちゃあいけません。いったい、どこからそんな話が出てくるんですか。冗談も休み休みいってください」(同)
憑りつく島もないと思った美濃部は、それ以降は横浜の田中家の電話を鳴らした。父親の勝五郎より、若い敬子に打ち明けた方が早いと思ったからだ。
しかし、はっきり拒絶されてしまう。
「美濃部さんから電話がしょっちゅうかかってきたんだけど、その都度『お断りします』『申し訳ない』って断ってたの。だって本気だと思わなかったし、今、スチュワーデスを辞める必然性もないと思ったから。それに、あまりに荒唐無稽な話だから、信用出来なかったのもあるし」(田中敬子)
「どういう人だかよく憶えてはないんだけど、週刊誌の記者さんから、しょっちゅう電話がかかって来たのは記憶しています。私が何度が電話を取ったりもしました。『お姉さんはいますか?』『今、ハワイです』とか言ったりして、先方は馬鹿にされてるって感じたかもしれませんね。もう何が何だかわからない。だって、力道山の結婚相手ですよ。話が大きすぎて信じられない。スチュワーデスになって世界中を飛び回ったと思ったら、挙句に力道山の結婚相手にだもの」(田中敬子の実弟の田中勝一)
「ぜひ、会いたい」
何度かの電話攻勢の末に「これは脈なし」と踏んだ美濃部は、後日、力道山にこう伝えた。
「敬子さんは、頭がよくて、感のするどい人らしい。そのほか歯がきれいで、鼻筋が通っていて、耳の形がよくて……要するに、すべての点でリキさんの好みにぴったりなのだが、残念ながら、本人にもお父さんにもその気がまるでないんですよ」(同)
美濃部がそう告げると、驚くことに、力道山はこう返した。
「ぜひ、会いたいから、機会をつくってくれ」(同)
美濃部は茫然となった。同時に「もう手段を選んでいられない」と思った。
(文中敬称略。以下次回、毎週金曜日配信予定)