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月村了衛氏が明かす『香港警察東京分室』誕生秘話 「文芸はエンタメ性と今の時代に考えるべきテーマを伝える効能との両立が可能」

月村了衛氏が新作について語る

月村了衛氏が新作について語る

 作家もまた「今」を生きている──。月村了衛氏の最新刊『香港警察東京分室』の誕生秘話を訊き、改めてそんな思いを強くした。そもそもこのタイトルはデビュー以前、1997年の香港返還に絡んだバディ小説のために考えられたと言う。

「当時はその着想を書き切るだけの技術がなく、タイトルだけが宙に浮いたままでした。そのことを『東京輪舞』(2018年)が出た後、編集者に話したところ、『そのタイトル頂戴します!』と。そこからです。今、この表題で何を書くべきなのか、この5年間ですら一変してしまった香港情勢に関して一から調べ直したのは」

 舞台は、東京・神保町の雑居ビル内に人知れず佇む〈警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課特殊共助係〉、通称分室。国際犯罪の増大に鑑み、警察庁と香港警察がICPOの仲介で新設したという建前だが、実際は〈香港警察の下請け〉〈接待係〉と揶揄する声もある。

 そんな日本5名、香港側5名のワケアリ集団のミッションは、2021年春の〈422デモ〉を扇動し、しかも助手を殺して日本に逃げたとされる元大学教授〈キャサリン・ユー〉の身柄確保。今なお尊敬を集める彼女の嫌疑や善悪自体、いくらでも反転し得る中、それでも任務を全うする他ないのが彼ら現場の警察官だった。

 執筆は現在進行形の香港情勢と、まさに追いつ追われつの作業だったという。

「この話を今書けて、よかったと思うんです。それこそ中国警察当局が50か国以上で非合法の海外拠点を運営しているというスペインの人権監視団体の報告が2022年12月に出たり、もし本書を2014年の雨傘運動や5年前に編集者と話した直後に書いていたら、アッという間に時代遅れです。

 現代は人類史上かつてないほど変化の速い時代であるというのが私の持論ですし、その中でどう小説家として時代と切り結んでいくか、特にここ数年はその困難を痛感する毎日です」

 通常の合同捜査より自由度も秘密度も高い分室員の顔触れは十人十色。まずは身長150cmで童顔ながら実は策士で侮れない管理官〈水越真希枝〉に、彼女を慕う係長の〈七村星乃〉や正体が不明の〈嵯峨明人〉。さらに元ヤンの〈山吹蘭奈〉や自称平凡な〈小岩井光則〉が召集された日本側に対し、香港側は身長180cm超の隊長〈グレアム・ウォン〉に短気な副隊長〈ブレンダン・ゴウ〉。また常に冷静な〈エレイン・フー〉もその心中は測りがたく、対してユー元教授の教え子だった〈ハリエット・ファイ〉や、デモの警備中に同僚を失った〈シドニー・ゲン〉は、それぞれ任務に支障を来すほど私情を持て余すのだ。

 そもそも元教授の身柄を引き渡すことはその死すら意味し、食わせ者の水越が〈ユー元教授の容疑は明白じゃないですか。だったらどうしてそこまで秘密にするのかなあ〉と、香港側の本音をシレッと探る場面も見物。そして目的も利害もバラバラな彼らがどこまで協力でき、またはできないかを、月村氏は紛れもない現在を舞台とした国際謀略活劇に仕立てるのである。

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