作家の人間性は書くうちに出る

「今回は必ずアクションをというのが編集側の要望でしたが、単なるアクションなら消費されて終わるだけ。でもその背景に何があり、なぜその闘いを生んだのかを書けば絶対面白いという信念が、私にはあるんです。

 例えば香港警察というと、我々の世代にとって思い出深いのが『Gメン’75』の香港編で、70年代はそれでもよかった。でも令和の今、香港を書くなら相応の必然性やテーマが必要ですし、血沸き肉躍るエンタメ性と、今の時代に知るべきことや考えるべきテーマを伝える効能との両立が、文芸には可能なはずなんです」

 本作でも元教授の支援者だった在日香港人実業家は言う。〈私達が愛してやまなかった香港の自由は、かくも無惨に破壊された。市民があれほど戦ったのにです〉〈日本人は、あの頃の香港の風を知ろうともしない〉〈日本は香港よりもたやすく独裁主義、全体主義の手に落ちるでしょう〉

「最近は作中で政治的問題に触れるだけで嫌がる人もいますが、政治的も何も、日本の現状は人としてどうなのかと。これは我々が直面している現実であって、文芸の在り方自体、だいぶ違ってきているのかなあと。

 それも含めて不可逆的な時代の流れなんでしょうが、国の中だろうと外だろうと、理不尽に抑圧されている人々がいたら、皆さんも目が行きませんか? 入管の問題にしてもなぜあんな事態を前にして平気でいられるのか、絶句するばかりで」

 そんな時、作家はやはり作品を書くしかないのだと。

「作家の考え方とか人間性は、意識的にではなく、書くうちに出ちゃうんです。

 むろん毎回手を変え品を変え、読者を飽きさせないのは当然として、今回なら中国の覇権主義や独裁体制下の内紛が常に現場に悲劇を生む構図や、返還以来の一国二制度にいよいよ幕が下りる〈2047年問題〉。その24年後の利権を巡って日中の法執行機関がどう動き、どう戦っていくか。それこそ虚構と現実のせめぎ合うフィクションの醍醐味ではないでしょうか」

 日港中の各当局や、〈サーダーン〉〈黒指安〉といった黒社会の思惑。また日港の税率差に着目した〈金密輸〉の利権までが絡む物語には、驚愕の結末が待つ。しかしそれにも増して読後に残るのは、〈香港はもう、あんたの思い描くような街じゃなくなった〉という台詞だったりもし、あれほど抗っても失われた隣人達の自由に、私達が学ぶことは少なくない。

【プロフィール】
月村了衛(つきむら・りょうえ)/1963年大阪市生まれ。早稲田大学第一文学部文芸学科卒。2010年『機龍警察』で小説家デビュー。2012年『機龍警察 自爆条項』で第33回日本SF大賞、2013年『機龍警察 暗黒市場』で第34回吉川英治文学新人賞、2015年『コルトM1851残月』で第17回大藪春彦賞、『土漠の花』で第68回日本推理作家協会賞、2019年『欺す衆生』で第10回山田風太郎賞を受賞。その他『東京輪舞』『悪の五輪』『奈落で踊れ』『非弁護人』『脱北航路』等。176cm、62kg、B型。

構成/橋本紀子 撮影/国府田利光

※週刊ポスト2023年5月19日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

元交際相手の白井秀征容疑者(本人SNS)のストーカーに悩まされていた岡崎彩咲陽さん(親族提供)
《川崎・ストーカー殺人》「悔しくて寝られない夜が何度も…」岡崎彩咲陽さんの兄弟が被告の厳罰求める“追悼ライブ”に500人が集結、兄は「俺の自慢の妹だな!愛してる」と涙
NEWSポストセブン
グラドルから本格派女優を目指す西本ヒカル
【ニコラス・ケイジと共演も】「目標は二階堂ふみ、沢尻エリカ」グラドルから本格派女優を目指す西本ヒカルの「すべてをさらけ出す覚悟」
週刊ポスト
阪神・藤川球児監督と、ヘッドコーチに就任した和田豊・元監督(時事通信フォト)
阪神・藤川球児監督 和田豊・元監督が「18歳年上のヘッドコーチ」就任の思惑と不安 几帳面さ、忠実さに評価の声も「何かあった時に責任を取る身代わりでは」の指摘も
NEWSポストセブン
大谷翔平と真美子さん(時事通信フォト)
《ハワイで白黒ペアルック》「大谷翔平さんですか?」に真美子さんは“余裕の対応”…ファンが投稿した「ファミリーの仲睦まじい姿」
NEWSポストセブン
赤穂市民病院が公式に「医療過誤」だと認めている手術は一件のみ(写真/イメージマート)
「階段に突き落とされた」「試験の邪魔をされた」 漫画『脳外科医 竹田くん』のモデルになった赤穂市民病院医療過誤騒動に関係した執刀医と上司の医師の間で繰り広げられた“泥沼告訴合戦”
NEWSポストセブン
被害を受けたジュフリー氏、エプスタイン元被告(時事通信フォト、司法省(DOJ)より)
《女性の体に「ロリータ」の書き込み…》10代少女ら被害に…アメリカ史上最も“闇深い”人身売買事件、新たな写真が公開「手首に何かを巻きつける」「不気味に笑う男」【エプスタイン事件】
NEWSポストセブン
2025年はMLBのワールドシリーズで優勝。WBCでも優勝して、真の“世界一”を目指す(写真/AFLO)
《WBCで大谷翔平の二刀流の可能性は?》元祖WBC戦士・宮本慎也氏が展望「球数を制限しつつマウンドに立ってくれる」、連覇の可能性は50%
女性セブン
「名球会ONK座談会」の印象的なやりとりを振り返る
〈2025年追悼・長嶋茂雄さん 〉「ONK(王・長嶋・金田)座談会」を再録 日本中を明るく照らした“ミスターの言葉”、監督就任中も本音を隠さなかった「野球への熱い想い」
週刊ポスト
12月3日期間限定のスケートパークでオープニングセレモニーに登場した本田望結
《むっちりサンタ姿で登場》10キロ減量を報告した本田望結、ピッタリ衣装を着用した後にクリスマスディナーを“絶景レストラン”で堪能
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん(時事通信フォト)
笹生優花、原英莉花らを育てたジャンボ尾崎さんが語っていた“成長の鉄則” 「最終目的が大きいほどいいわけでもない」
NEWSポストセブン
日高氏が「未成年女性アイドルを深夜に自宅呼び出し」していたことがわかった
《本誌スクープで年内活動辞退》「未成年アイドルを深夜自宅呼び出し」SKY-HIは「猛省しております」と回答していた【各テレビ局も検証を求める声】
NEWSポストセブン
訃報が報じられた、“ジャンボ尾崎”こと尾崎将司さん
亡くなったジャンボ尾崎さんが生前語っていた“人生最後に見たい景色” 「オレのことはもういいんだよ…」
NEWSポストセブン