いまは亡き友人、知人の思い出も、芝居とともによみがえる。なかでも1969年から続いた東京やなぎ句会のメンバーとは、国内外を問わずいろんな場所に出かけてきた。2021年に柳家小三治が亡くなり、創設時からのメンバーは矢野さん1人となって東京やなぎ句会の名称は返上したが、句友との思い出はたびたび描かれる。落語の名人も名俳優も、少年のような素顔を見せる。
「やなぎ句会は、ぼくにとって学校でしたね。ほんとに鍛えられましたよ。人の悪口言って、げらげら笑って、誰かがトイレに行くとその人の悪口になる。うっかり休むと何言われるかわからないのでみんな出席率が良かったんだ。自分が裸でいられる場所って、自分のうちとやなぎ句会しかない、って、ぼく以外のメンバーもそんな感じでしたね」
20代から88歳のいままで、物書きとして筆一本で生活してきた。『芝居のある風景』が単著としては50冊目になり、本にはこれまでの全著作目録も収録されている。
「働き盛りが活字文化の最盛期だったのが、いま思うと恵まれていましたね。全国紙に寄席演芸の担当記者がほとんどいない時代で、無署名で雑報まで書いて、結構、いい原稿料をもらってました。
いい時代を生きたなってつくづく思います。ちょっと外れたものも許容する、隙間のようなものがちゃんと世間にあった。いまはもう、それがないからね。踏み外すと社会的な制裁受けなきゃならない。あいつは芸人だからしょうがない、っていうのが成立しないから」
パソコンも携帯電話も持たないが、劇場で知り合いと話す時間が楽しいと矢野さん。
「若い人にいろんなこと教わるのが楽しくてしかたない。若いときは人から教えられるのって嫌でしょうがなかったから、自分も年を取ったなって感じますけどね(笑い)」
【プロフィール】
矢野誠一(やの・せいいち)さん/1935年東京生まれ。文化学院卒。藝能評論家。都民劇場理事、早川清文学振興財団理事。菊田一夫演劇賞、読売演劇大賞選考委員。1996年に大衆文学研究賞、2006年にスポニチ文化芸術大賞優秀賞を受賞。著書に『酒場の藝人たち 林家正蔵の告白』『三遊亭圓朝の明治』『人生読本 落語版』『ぜんぶ落語の話』『昭和も遠くなりにけり』ほか多数。
取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2023年6月1日号