刑事がヤクザファッションを選ぶ理由
だがこのヤクザファッションも、相手によって変えるという。「ヤクザファッションは基本的に”チンピラ”の服装、組員レベルの恰好だからだ」と元刑事は話す。「組員や下っ端の組や小さい組の幹部らに会って話を聞くならその恰好でもいいが、大きな組織の組長レベルに話を聞くなら、ヤクザファッションはダメだ。親分らに会って話を聞くなら、白いワイシャツにスーツ」。そうでなければ相手に甘くみられるというのだ。
2つ目は組員から情報を取る時に、他の組員などに警察との接触がバレないようにするためだ。「もし組員が警察らしき人物と会っているのを組関係の者に見られたら、あいつは警察にチクっている、警察の犬かと疑われる。どこで誰に見られているかわからないため、同じよう服装をすることが互いの安全策になる」。そしてもう1つ、マル暴刑事として毎日のように組員らと会っていると、なぜかヤクザファッションを真似てみたくなるのだと元刑事は苦笑いした。「自分の中のブームみたいに、それがカッコよく見えてくる時がある」ということらしい。
かなり前になるが、警視庁渋谷署にあるマル暴刑事を訪ねた時も、課にいた刑事たちのほとんどがヤクザファッションに身を包んでいた。ヤクザの若い衆がよく着るようなジャージー姿の者はいなかったが、紺地に細いストライプ柄のダブルのスーツに白いシャツ、ノーネクタイでベルトは蛇革の刑事や、黒シャツに黒のズボン、個性的な金のバックルのベルトにつま先が細く尖った白い靴を履いた刑事と、ヤクザ顔負けのファッションに身を包んだ刑事がいた。外で彼らを見たならば、刑事なのかヤクザなのか判断がつかなかっただろう。今でこそ、そこまでコテコテのヤクザファッションの刑事はいないだろうが、元刑事は「それでよかったのだ」という。その方がマル暴刑事の仕事や、ヤクザヤクザというものに対するイメージ付けにもなったからだというのだ。だが最近の新人刑事の中には、ヤクザのような服装をしないヤクザがいるように、ヤクザファッションはしないという者も出てきている。
一般人にとってヤクザファッションは、暴力団組員を見分ける1つのツールだったが、そのような時代は終わろうとしているのか。ヤクザに限らず、多様性が称賛されるいまは、その人の属性を身なりで推し測ることそのものが難しくなったのかもしれない。