個人タクシーの業界団体が作成したインボイス対応ステッカー(イメージ、時事通信フォト)

個人タクシーの業界団体が作成したインボイス対応ステッカー(イメージ、時事通信フォト)

課税業者になんかならないよ

 いっぽう、こうしたBtoBの企業とフリーランスの関係と違い、BtoCの自営業者はインボイスに関して「課税業者になんかならないよ」という店もある。都下の雑貨店の話。

「面倒だし一般客相手だからね、課税業者になんかならないよ。消費税といってもギリギリで切り盛りしてるからね、他の店では値上げして客に押しつける店もあるみたいだけど、うちはやらない。どうせ老い先短いし」

 このように、それこそ「バンザイ」してしまっている事業者もある。大きな受注先や納品先、接待で多額の利用が見込まれる店舗ならともかく、零細の個人店がインボイスを導入するかといえば難しいだろう。

 もちろん免税業者か、課税業者かは業者自身が本来は選ぶ権利を持つので何ら問題はない。しかし例えば、自分の敷地内に落ちているどんぐりでハンドメイド作品を作って自宅前で販売するとかでない限り仕入れそのものはあるわけで、少額の納品に免税業者だ、課税業者だで手間の増えるのは企業側、経理担当である。

 だからといって「切る」にも数件ならともかく、実際には多くのBtoCの自営業者や零細店舗が免税業者のままなら簡単に全部を切れるわけでもない。そうして価格は消費者に転嫁される。物価はさらに上がる。東京電力はじめ電力会社は「一般家庭や個人といった発電事業者のインボイスなんて無理」と早々にバンザイして値上げに踏み切った。

 別の飲食店店主の話。

「免税業者のままでもいいからお付き合いをって会社もあるからね、そっちと付き合うだけだよ」

 これをチャンスとみて、あえて「免税業者のままでいいから、うちとお付き合いを」という企業もある。先のクリエイティブ業界などでも規模とフリーランスの重要性からそうした手段を試みている制作会社はある。人手不足と人口減、専門技術や特殊技能を持つ即戦力を手に入れるチャンスでもある、ということか。

 そうした一流の人なら収入は多いはず、と思うのは軽率で、それは業種や業界次第の話。その道のトップクラス、それこそ一流であっても1000万円稼げないジャンルはある。インボイスの問題の一端は、一律にそうした仕事すべてを「フリーランス」と「1000万円」という括りでガラガラポン、しようとする雑さにある。

 冒頭の経理担当者は嘆く。

「インボイスといっても漠然と『1000万円以下の個人事業主が消費税を払うことになるだけ』と思っていた時期もありました。それがここまで大変なことだったなんて、会社や私にもこれほど負担があるなんて想像してませんでした」

 遡れば、端緒から声を上げた一部の政党や勇気あるフリーランスを除けばそうだったかもしれない。マルティン・ニーメラーのいわゆる「私は声をあげなかった」ではないが、50万以上のインボイス反対署名はその「声」として間に合うのだろうか。

 ともあれ10月1日から、撤回や廃止のない限り否応なく、未来永劫、フリーランスも、会社員も、一般国民すべてが人生の一部を新たにインボイスにまつわる納税と事務作業に割く時代が始まる。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。

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