コロモが弾ける音と、ゴマ油の匂いが漂う細長い店内。二人は座敷のテーブルを挟んで向かい合った。水を向ける島田さんに、詩織さんはギョッとするようなことを言い出した。
「私、殺されるかもしれない」
詩織さんはその言葉を、まるでこの日私達に話をする島田さんのように真剣な表情で切り出した。そして島田さんは、この日の私のような思いでその言葉を聞いた。
「何言ってるんだ、こいつ」と思ったのだ。ドラマの主人公か悲劇のヒロインにでもなったつもりか。もしかしたらちょっとおかしくなってしまったんじゃないか、と疑念さえ感じる島田さんに、詩織さんはこう言った。
「いいからこの名前をメモしておいて。私が急に死んだり殺されたりしたら、犯人はコイツだから」
詩織さんはバッグから一枚の名刺を取り出した。「有限会社W」という車のディーラー会社の名前のそばに、A(※原本では実際の偽名)という名が記されていた。詩織さんは島田さんに、そのAとの間にあった出来事を逐一話し、島田さんは頷きながらそれを聞いた。そんなことが本当にあるのか、そんな人間がいるのか信じ切れなかったものの、詩織さんが心痛でかなり参っていることだけはよく分かった。この名刺の現物はやがて警察が押収していくことになるのだが、その時彼は、半信半疑でその名前を手帳に控えた。
事件から遡ること七ヶ月。この時の詩織さんが、いったいどこまで本気で自分の運命に不安を覚えていたのか今となっては分からない。だが、島田さんはこの日から「運命の日」を迎えるまで、何度となく詩織さんから相談を受けることになる。そして彼は、すべてが恐ろしいほど正確に、詩織さんの予測通りに進んでいくのを目の当たりにすることになる──。
* * *
後編では、現場で張り込みながらも犯人を逮捕しない捜査員と現場記者の攻防。事件解決かスクープか、葛藤する記者がとった行動で事件が動き始める。
(後編に続く)