ライフ

青島顕氏、開高健ノンフィクション賞受賞作『MOCT』インタビュー 「意味がない人生なんて絶対にないと今はつくづく思う」

青島顕氏が新作について語る

青島顕氏が新作について語る

 昨年2月のロシアによるウクライナ侵攻は、毎日新聞社会部記者・青島顕氏に、かつて抱いたある違和感を思い出させたという。

「1983年だから高2の時です。ソ連(当時)の軍用機が領空侵犯した民間機を撃墜した、大韓航空機事件に関して、私はモスクワ放送から聞こえてきたソ連側の言い分が西側の報道と全く違うことにショックを受けたんです。しかもその言い分を伝えているのが流暢な日本語の日本人で、一体何者なんだと疑問に思いながら、忘れたままになっていたんです」

 そして約40年後、著者は同放送の元アナウンサーの1人、日向寺康雄氏(65)が侵攻後のロシアに渡ったと噂に聞いて接触。その後も元関係者らに地道に取材を重ね、その成果をまとめた本書『MOCT 「ソ連」を伝えたモスクワ放送の日本人』で、晴れて開高健ノンフィクション賞を受賞する。

 が、冷戦~ペレストロイカ~ソ連邦崩壊と、激動の時代にあって、なぜ彼らはそこで生きることを選んだのか──。青島氏は本書を書き終えた今なお、「わからないことだらけです」と、正直な胸の内を明かす。

 1970、80年代に海外放送を夢中でキャッチしたBCL世代なら無論ご存じだろう。モスクワ放送は1929年に開局し、日本語放送は1942年に開始。そしてソ連崩壊後の1993年に「ロシアの声」、2014年には「ラジオ・スプートニク」へと移行した、海外向けラジオ放送である。

「実は当初、私は侵攻後にロシア入りした日向寺さんから情勢の話を聞きたくて、ダメ元でメッセージを入れたんですよ。ところが彼は自分がどんな仕事をしてきたかを私に説明したくなったらしく、とにかく全てが初めて聞く話ばかりでした。

 その後に本の最初に登場する西野肇さん(75)とか、往年のファンで一次資料も多数お持ちの蒲生昌明さん(66)とか、いろんなご縁が広がり、本まで書くことになるわけですけど、たぶん今の日本に既視感があったことも結構影響したと思う。ロシア=悪者と決めつけて、ロシア料理店が嫌がらせを受けたり、あ、40年前と同じ空気感になってきたなあっていう」

 表題はロシア語で、「橋」、「架け橋」を意味するとか。ブレジネフ時代の1973年にモスクワに渡り、「ロシアの若者だって嫌いじゃないだろう」と言って当時御法度だったビートルズをかけるなど、2010年間にわたって人気番組を手がけた名物アナの西野氏や、早大露文科時代にソ連には聾唖者専門劇場があることを知り、〈いつかこの劇場を日本に呼ぼう〉と思うほど憧れた1987年入局の日向寺氏。ゴルバチョフ大統領が保守派に軟禁された1991年8月の政変の推移を報じた山口英樹氏(58)や、古くは抑留後にソ連に残ることを選んだ元シベリア組や岡田嘉子のような亡命者まで、著者は時代背景も事情もそれぞれ異なる「人」に光を当てる。

「そもそもモスクワ放送に関しては記録がほとんどない。だから蒲生さんのようなリスナー側の録音に頼るしかないのですが、皆さん、記憶で話されますからね。それが本当のことなのかどうか、特に心の中のことは検証が難しくて。

 ですからこれは私の想像ですけれど、西野さんの時代は40年以上も翻訳担当やアナウンサーとして働かれた清田彰さんら、元抑留者の世代が当局との調整役を担い、西野さんは西側の感覚で面白い番組を作るという、棲み分けができていたんじゃないかと。

 その調整弁が日向寺さん以降はなくなり、日本課長を40年務めたリップマン・レービンさんの要求も当然きつくなる。レービンさんなんて写真を見るとお茶の水博士そっくりですけどね。どの時代に仕事をしたかによっても、印象は変わって当然なのかもしれません」

関連記事

トピックス

左:激太り後の水原被告、右:2月6日、懲役刑を言い渡された時の水原被告(左:AFLO、右:時事通信)
《3度目の正直「ついに収監」》水原一平被告と最愛の妻はすでに別居状態か〈私の夢は彼と小さな結婚式を挙げること〉 ペットとの面会に米連邦刑務局は「ノー!ノー!ノー!」
NEWSポストセブン
9月に成年式を控える悠仁さま(2025年4月、茨城県つくば市。撮影/JMPA)
悠仁さまが学園祭にご参加、裏方として“不思議な飲み物”を販売 女性グループからの撮影リクエストにピースサイン、宮内庁関係者は“会いに行ける皇族化”を懸念 
女性セブン
衆院広島5区の支部長に選出された今井健仁氏にトラブル(ホームページより)
【スクープ】自民広島5区新候補、東大卒弁護士が「イカサマM&A事件」で8000万円賠償を命じられていた
週刊ポスト
V9伝説を振り返った長嶋茂雄さんのロングインタビューを再録
【長嶋茂雄さんロングインタビュー特別再録】永久不滅のV9伝説「あの頃は試合をしていても負ける気がしなかった。やっていた本人が言うんだから間違いないよ」
週刊ポスト
“超ミニ丈”のテニスウェア姿を披露した園田選手(本人インスタグラムより)
《けしからん恵体で注目》プロテニス選手・園田彩乃「ほしい物リスト」に並ぶ生々しい高単価商品の数々…初のファンミ価格は強気のお値段
NEWSポストセブン
山尾志桜里氏(=左。時事通信フォト)と望月衣塑子記者
山尾志桜里氏“公認取り消し問題”に望月衣塑子記者が国民民主党・玉木代表を猛批判「自分で出馬を誘っておいて、国民受けが良くないと即切り捨てる」
週刊ポスト
「〈ゆりかご〉出身の全員が、幸せを感じて生きられるのが理想です。」
「自分は捨てられたと思うのは簡単。でも…」赤ちゃんポスト第1号・宮津航一さん(21)が「ゆりかごは《子どもの捨て場所》じゃない」と思う“理由”
NEWSポストセブン
浅草・浅草寺で撮影された台湾人観光客の写真が物議を醸している(Xより)
「私に群がる日本のファンたち…」浅草・台湾人観光客の“#羞恥任務”が物議、ITジャーナリスト解説「炎上も計算の内かもしれません」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問されている秋篠宮家の次女・佳子さま(時事通信フォト)
《スヤスヤ寝顔動画で話題の佳子さま》「メイクは引き算くらいがちょうどよいのでは…」ブラジル訪問の“まるでファッションショー”な日替わり衣装、専門家がワンポイントアドバイス【軍地彩弓のファッションNEWS】
NEWSポストセブン
2013年大阪桐蔭の春夏甲子園出場に主力として貢献した福森大翔(本人提供)
【10万人に6例未満のがんと闘う甲子園のスター】絶望を支える妻の献身「私が治すから大丈夫」オリックス・森友哉、元阪神・西岡や岩田も応援
NEWSポストセブン
ヨグマタ相川圭子 ヒマラヤ大聖者の人生相談
ヨグマタ相川圭子 ヒマラヤ大聖者の人生相談【第24回】現在70歳。自分は、人に何かを与えられる存在だったのか…これから私にできることはありますか?
週刊ポスト
「週刊ポスト」本日発売! 食卓を汚染する「危ない輸入冷凍食品」の闇ほか
「週刊ポスト」本日発売! 食卓を汚染する「危ない輸入冷凍食品」の闇ほか
NEWSポストセブン