井上さんは2013年に中国人の俳優仲間と結婚、その後息子と娘を出産した。連日ドラマ撮影をしていた生活から、少しペースを落とした女優活動へとシフトをしていく。中国では2014年、2018年にそれぞれ1作品ずつ出演して以降は、抗日ドラマとも距離を置くようになる。
「私が女優業をスタートした頃の中国は、高度成長期で胡錦涛政権も開放政策をとっていた。牧歌的な大らかな時代でした。中国の芸能界では日本人というだけで目立つので、色々な方と知り合うことができました。ジャッキー・チェンやホアン・ボーさんといった有名俳優の方とも親しくさせてもらいました。
2014年にジャッキーの息子であるジェイシー・チャンが麻薬を使用した疑いなどで逮捕されたことがありました。するとその直後、捕まっているはずのジェイシーから、私の携帯に着信があったのです。ちょうど飛行機に乗っていて電話に出られなかったのですが、後で聞くと、警察が捜査のためにジェイシーの携帯に登録されていた番号に片っ端からかけていたと知って青くなったこともあります。
そもそも私が抗日作品に出るようになったのは、とにかく中国で著名な女優になりたいという思いからでした。先ほどもお話したように、中国で活動している日本人女優がまだほとんどいなかったので、どんどん色々な役をもらえるようになり、『抗日作品』が一体どういうものかを深く考える暇もなく、とにかく役を演じることで精一杯でした。
でも、いま少し距離を置くようになって、抗日ドラマの意味や、ナショナリズムを扇動するような作品に出続けることに、私自身疑問を感じるようになりました。日中関係についてもよく考えるようになりました。幸い女優業をしているなかで、中国経済人、文化人とも人脈を築くことができたので、これからは中国でのドラマの仕事だけではなく、日本でも仕事をしていきたいと考えるようになりました。
今は生活の軸足は中国に置いていますが、時々日本に帰ってくる2拠点生活を送っています。今後は日中の架け橋になれるようなことをしていきたいですね。日中関係が難しい時代だからこそ、今までの私の経験を活かした何かができると信じています」
【了。前編から読む】
◆取材・文/赤石晋一郎(ジャーナリスト)