2010年の南アフリカW杯準々決勝(オランダ-ブラジル戦)で選手に声をかける主審の西村氏(時事通信フォト)
それでも得点やファウルのジャッジに対して、何人もの選手が主審に詰め寄るシーンは珍しくない。審判がなだめたり、“それ以上抗議するとカードを出す”と注意したりする場面も見かける。
「ジャッジに不服を訴えているのはわかりますし、その理由もおおよそ理解しています。ただ、選手の言葉をあまり詳細にわからないほうがいいこともあります。例えば日本国内での試合で選手から日本語で何かを言われた場合、言葉が理解できるがゆえに、その言葉そのものが侮辱と判断されてイエローカードやレッドカードの対象となり、試合が台無しになってしまうケースがあります。
海外の試合では、言葉が詳細に理解できないからこそ“あなたが激しく不満を訴えているのはわかった。でも、ジャッジは変わりません”くらいのやり取りで済ませられるので、選手にもチームにも、あるいは観客にもいい結果になることもあります。選手はその都度様々な感情を持ってプレーしているので、そこは審判員も受け止めなければなりません。だから言葉に頼らないマネジメントが大切だと思います」
VAR導入で生じた変化
その一方で、近年は語学力がより必要とされるようになったとも語る。その理由の一つとしてVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)に代表される審判間のコミュニケーション方法の変化がある。
「主審・副審それぞれの立ち位置から見極められることには限界があるということで、2006年のW杯ドイツ大会から審判間で円滑な会話ができるように無線機が導入され、2018年のW杯ロシア大会からはVARを用いてジャッジの補助をするようになっています。
主審が会話をする相手は選手だけではなく、副審や第4の審判員、さらにVARを担当する審判員にまで広がり、しかも詳細かつ正確に伝えなければなりません。一時的に試合を止めて、選手に対しジャッジの根拠を冷静に説明する必要も出てきます。今後はますます語学力が必要な時代になっていくと思います」
(第3回に続く)
※『審判はつらいよ』(小学館新書)より一部抜粋・再構成
【プロフィール】
鵜飼克郎(うかい・よしろう)/1957年、兵庫県生まれ。『週刊ポスト』記者として、スポーツ、社会問題を中心に幅広く取材活動を重ね、特に野球界、角界の深奥に斬り込んだ数々のスクープで話題を集めた。主な著書に金田正一、長嶋茂雄、王貞治ら名選手 人のインタビュー集『巨人V9 50年目の真実』(小学館)、『貴の乱』、『貴乃花「角界追放劇」の全真相』(いずれも宝島社、共著)などがある。サッカーをはじめプロ野球、柔道、大相撲など8競技のベテラン審判員の証言を集めた新刊『審判はつらいよ』(小学館新書)が好評発売中。
