ライフ

【書評】宇垣美里が漫画『トラとミケ』を読む「私の知らない“昭和”を思わせる懐かしさが漂っていてほっこりと心が温まった」

【書評】『トラとミケ』/ねこまき(ミューズワーク)/小学館/1〜6巻とも1485円。

【書評】『トラとミケ』/ねこまき(ミューズワーク)/小学館/1〜6巻とも1485円。

【書評】『トラとミケ』/ねこまき(ミューズワーク)/小学館/1〜6巻とも1485円。
【評者】宇垣美里(フリーアナウンサー・俳優)

“行きつけの飲み屋さん”が大人になるとできるものだと思っていた。仕事帰りにふらりと一人で寄って、店員さんや顔なじみのお客さんとなんてことない会話を楽みながら美味しい料理に舌鼓を打つうちに、いつの間にかその日の疲れから解放されている自分にふと気づく、そんなお店が。大人になって十数年経つけれど、未だにそんな居場所はできていない。食事は基本自炊だし、今日は仕事の話しかしなかったなあ、なんて日も時にはある。ああ、うちの近所に「トラとミケ」があったらなあ。きっと毎日通っちゃうのに!

 名古屋の猫道商店街にある、トラとミケの姉妹がきりもりするどて煮屋「トラとミケ」には、今日もたくさんの常連さんが訪れている。お客さんたちの目当ては50年以上継ぎ足してきた味噌だれでじっくり煮込んだどて煮やサクサクの串カツ、そしてわいわいと賑やかなこのお店の雰囲気だ。

 鉛筆と水彩で優しく描かれる擬人化された猫たちの日常。いや、猫化した人々の日常、だろうか。全ページ淡いカラーで台詞もみな手書きの柔らかな文字で書いてあり、迸る多幸感に連日のブルーライトで疲弊した目が癒される。マンガはもっぱら電子書籍派の私も、この作品ばかりは紙で所有。風情ある下町で繰り広げられる密な人間模様は、私の知らない“昭和”を思わせる懐かしさが漂っていてほっこりと心が温まった。

 店内のメニューはもちろんのこと、トラとミケが自宅で育てているぬか漬けに梅干し、近所のカフェで提供される白樺サンドまで、そろいもそろってとても美味しそう。読み進める毎にどんどんお腹が空いてくる。春のお花見や冬のお正月のおせちなど、その季節ならではの食事や景色の描写も楽しく、巻数関係なく今の自分と同じ季節のページを探して読むのもおすすめだ。

 東京オリンピックや客のひとりが見に行く映画の『君たちはどう生きるか』、敬老会の面々が美味しそうに食べる“ぴよりん”など、現実とリンクしている小物使いにも思わずにやり。

 最新刊である6巻では、“にゃーディアン”と名乗る商店街敬老会の面々たちにスポットがあてられる。よろず事相談所を立ち上げ、様々な寄せられた相談事を解決していく一方で、歳をとって家族のお荷物のようだと感じる自分の立場に凹んだり、オレオレ詐欺に遭遇したり。あっけらかんとした明るさがあるのにどこか切なくほろ苦い。とあるキャラクターの認知症が分かってからの描写には、亡き祖母との日々を思い出しぼろぼろと涙が止まらなかった。

 私たちはいつか老いる。できることもどんどんと少なくなって、やがて全てを忘れてしまうかもしれない。それでも、その中でできることを探してのんびり人生を味わえば、いくつになったって新しい楽しみが待っているのだと、逞しく生きる猫たちから教わった気がした。

 今日はなんでもいい、美味しいごはんを作ろう。作中の料理を参考にしようかな。食べることは生きること。米と共に人生の悲しみも噛みしめ、私たちは今日も生きていく。

【プロフィール】
宇垣美里(うがき・みさと)/フリーアナウンサー・俳優。2019年3月にTBSを退社後、ドラマやラジオ、雑誌出演のほか執筆業も行うなど幅広く活躍中。現在TikTokやInstagramなどで配信中の長編ショートドラマ「トリッパーズ」に出演している。

『トラとミケ』内容紹介
 しっかり者の姉・トラと、少しお調子者の妹・ミケの老猫姉妹が名古屋の猫道商店街で営むどて煮屋『トラとミケ』が舞台。夕方になると味噌の甘いにおいに誘われるように常連さんや一見さんもやってきて、わいわいがやがや、食べて飲んでいるうちに濃い人生が垣間見えて……という、どこにでもありそうで、近年めっきり少なくなった“昭和酒場”での物語。1〜6巻とも1485円。

※女性セブン2024年9月12日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

六代目山口組の司忍組長(時事通信フォト)と稲川会の内堀和也会長
六代目山口組が住吉会最高幹部との盃を「突然中止」か…暴力団や警察関係者に緊張が走った竹内照明若頭の不可解な「2度の稲川会電撃訪問」
NEWSポストセブン
浅香光代さんと内縁の夫・世志凡太氏
《訃報》コメディアン・世志凡太さん逝去、音楽プロデューサーとして「フィンガー5」を世に送り出し…直近で明かしていた現在の生活「周囲は“浅香光代さんの夫”と認識しています」
NEWSポストセブン
警視庁赤坂署に入る大津陽一郎容疑者(共同通信)
《赤坂・ライブハウス刺傷で現役自衛官逮捕》「妻子を隠して被害女性と“不倫”」「別れたがトラブルない」“チャリ20キロ爆走男” 大津陽一郎容疑者の呆れた供述とあまりに高い計画性
NEWSポストセブン
無銭飲食を繰り返したとして逮捕された台湾出身のインフルエンサーペイ・チャン(34)(Instagramより)
《支払いの代わりに性的サービスを提案》米・美しすぎる台湾出身の“食い逃げ犯”、高級店で無銭飲食を繰り返す 「美食家インフルエンサー」の“手口”【1か月で5回の逮捕】
NEWSポストセブン
温泉モデルとして混浴温泉を推しているしずかちゃん(左はイメージ/Getty Images)
「自然の一部になれる」温泉モデル・しずかちゃんが“混浴温泉”を残すべく活動を続ける理由「最初はカップルや夫婦で行くことをオススメします」
NEWSポストセブン
宮城県栗原市でクマと戦い生き残った秋田犬「テツ」(左の写真はサンプルです)
《熊と戦った秋田犬の壮絶な闘い》「愛犬が背中からダラダラと流血…」飼い主が語る緊迫の瞬間「扉を開けるとクマが1秒でこちらに飛びかかってきた」
NEWSポストセブン
高市早苗総理の”台湾有事発言”をめぐり、日中関係が冷え込んでいる(時事通信フォト)
【中国人観光客減少への本音】「高市さんはもう少し言い方を考えて」vs.「正直このまま来なくていい」消えた訪日客に浅草の人々が賛否、着物レンタル業者は“売上2〜3割減”見込みも
NEWSポストセブン
全米の注目を集めたドジャース・山本由伸と、愛犬のカルロス(左/時事通信フォト、右/Instagramより)
《ハイブラ好きとのギャップ》山本由伸の母・由美さん思いな素顔…愛犬・カルロスを「シェルターで一緒に購入」 大阪時代は2人で庶民派焼肉へ…「イライラしている姿を見たことがない “純粋”な人柄とは
NEWSポストセブン
真美子さんの帰国予定は(時事通信フォト)
《年末か来春か…大谷翔平の帰国タイミング予測》真美子さんを日本で待つ「大切な存在」、WBCで久々の帰省の可能性も 
NEWSポストセブン
シェントーン寺院を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
《ラオスご訪問で“お似合い”と絶賛の声》「すてきで何回もみちゃう」愛子さま、メンズライクなパンツスーツから一転 “定番色”ピンクの民族衣装をお召しに
NEWSポストセブン
インドネシア人のレインハルト・シナガ受刑者(グレーター・マンチェスター警察HPより)
「2年間で136人の被害者」「犯行中の映像が3TB押収」イギリス史上最悪の“レイプ犯”、 地獄の刑務所生活で暴力に遭い「本国送還」求める【殺人以外で異例の“終身刑”】
NEWSポストセブン
“マエケン”こと前田健太投手(Instagramより)
“関東球団は諦めた”去就が注目される前田健太投手が“心変わり”か…元女子アナ妻との「家族愛」と「活躍の機会」の狭間で
NEWSポストセブン