ライフ

川村元気氏、3年ぶりの小説『私の馬』インタビュー「僕が小説を書くのは今の自分が抱えている不安や恐怖に対する処方箋がほしいから」

川村元気氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

川村元気氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

 映画プロデューサーであり映画監督、脚本や絵本なども手がける稀代のストーリーテラー・川村元気氏が、3年ぶりとなる小説『私の馬』を発表した。着想のきっかけは、コロナ禍で得た実感だったと言う。

「僕の周りで、犬や猫を飼う人が増えた。彼らの話を聞いてみると、言葉を使ったコミュニケーションにひどく疲弊していると感じたんですね。

 スマホを見れば、悪口や誹謗中傷ばっかりのタイムラインが目に飛び込んでくる。職場に行けば言葉が誤解されたりしたりでうんざりした気持ちになり、家庭ではろくに会話が成立しない。その状況が続いた結果、言葉がなくて済む時間、言葉を持たない動物とのコミュニケーションに惹かれていく。僕自身がそうでした」

 言葉があるから人と人は引き裂かれ、傷付けられる。言葉がなければ……いや、言葉がないからこそ、分かり合えている、と感じることができる。

「言葉を信じられなくなっている状況は、僕自身はもちろん、世の多くの人にとっても他人事ではない。そう考えた時に、2020年1月に事件が発覚して以来、ずっと気になっていたニュースのことを思い出しました。

 会社のカネを10年間で10億円以上横領した女性が、そのカネを男でもなくギャンブルでもなく、自分の寵愛していた馬に注ぎ込んでいたんです。この女性の中で何が起きていたのかと想像することで、言葉とお金とコミュニケーションについて、深く掘り下げていくことができるのではと思いました」

 主人公の瀬戸口優子は造船所の事務員として働き、つましい一人暮らしをしている40代半ばの独身女性だ。ある日、国道の真ん中で佇む黒い馬と遭遇する。近くの馬運車から逃げ出してきた馬は、こちらをじっと見つめていた。

〈見つけた。/私が思うより少し先に、馬からそう語りかけられた気がした〉。

 馬運車に書かれていた「麦倉乗馬倶楽部」という文字を頼りに、優子は乗馬クラブの門をくぐり、黒い馬と再会してその背中に乗る。

「複数の乗馬クラブ、競走馬の有名な生産牧場や引退した馬たちがいる養老牧場を取材して、100頭以上の馬に会いました。何頭かには乗って、馬の魅力を存分に味わわせてもらいました。

 例えば、馬の足音はよく『パカラッ、パカラッ』と表記されますが、サラブレッドは体重が500キロ近くあるのでもっと重い。一番近いのは、〈ドゥダッダ、ドゥダッダ〉だな、と。いななきも金管楽器のようで美しくて、馬は音楽的な存在だなと感じました。

 小説の中に書いた、自分が左に曲がろうと決めるよりも少し早く、馬が左に曲がってくれた……というのは実体験です。跨っているので、内腿の血流や呼吸、体温などから人間のいろいろな情報をキャッチしているんだろうなとは分かるんです。それでも、“何も言っていないのにこんなに自分のことを分かってくれるなんて!”と、まんまと感動しました(笑)。これはハマる、と」

関連記事

トピックス

高市早苗首相(時事通信フォト)
《日中外交で露呈》安倍元首相にあって高市首相になかったもの…親中派不在で盛り上がる自民党内「支持率はもっと上がる」
NEWSポストセブン
阿部なつき(C)Go Nagai/Dynamic Planning‐DMM
“令和の峰不二子”こと9頭身グラドル・阿部なつき「リアル・キューティーハニー」に挑戦の心境語る 「明るくて素直でポジティブなところと、お尻が小さめなところが似てるかも」
週刊ポスト
高市早苗首相の「台湾有事」発言以降、日中関係の悪化が止まらない(時事通信フォト)
「現地の中国人たちは冷めて見ている人がほとんど」日中関係に緊張高まるも…日本人駐在員が明かしたリアルな反応
NEWSポストセブン
大谷翔平が次のWBC出場へ 真美子さんの帰国は実現するのか(左・時事通信フォト)
《大谷翔平選手交えたLINEグループでやりとりも》真美子さん、産後対面できていないラガーマン兄は九州に…日本帰国のタイミングは
NEWSポストセブン
11月24日0時半ごろ、東京都足立区梅島の国道でひき逃げ事故が発生した(現場写真/読者提供)
【“分厚い黒ジャケット男” の映像入手】「AED持ってきて!」2人死亡・足立暴走男が犯行直前に見せた“奇妙な”行動
NEWSポストセブン
10月22日、殺人未遂の疑いで東京都練馬区の国家公務員・大津陽一郎容疑者(43)が逮捕された(時事通信フォト/共同通信)
《赤坂ライブハウス刺傷》「2~3日帰らないときもあったみたいだけど…」家族思いの妻子もち自衛官がなぜ”待ち伏せ犯行”…、親族が語る容疑者の人物像とは
NEWSポストセブン
ミセス・若井(左、Xより)との“通い愛”を報じられたNiziUのNINA(右、Instagramより)
《ミセス若井と“通い愛”》「嫌なことや、聞きたくないことも入ってきた」NiziU・NINAが涙ながらに吐露した“苦悩”、前向きに披露した「きっかけになったギター演奏」
NEWSポストセブン
「ラオ・シルク・レジデンス」を訪問された天皇皇后両陛下の長女・愛子さま(2025年11月21日、撮影/横田紋子)
「華やかさと品の良さが絶妙」愛子さま、淡いラベンダーのワンピにピンクのボレロでフェミニンなコーデ
NEWSポストセブン
クマ被害で亡くなった笹崎勝巳さん(左・撮影/山口比佐夫、右・AFP=時事)
《笹崎勝巳レフェリー追悼》プロレス仲間たちと家族で送った葬儀「奥さんやお子さんも気丈に対応されていました」、クマ襲撃の現場となった温泉施設は営業再開
NEWSポストセブン
役者でタレントの山口良一さん
《笑福亭笑瓶さんらいなくなりリポーターが2人に激減》30年以上続く長寿番組『噂の!東京マガジン』存続危機を乗り越えた“楽屋会議”「全員でBSに行きましょう」
NEWSポストセブン
11月16日にチャリティーイベントを開催した前田健太投手(Instagramより)
《いろんな裏切りもありました…》前田健太投手の妻・早穂夫人が明かした「交渉に同席」、氷室京介、B’z松本孝弘の妻との華麗なる交友関係
NEWSポストセブン
イギリス出身のインフルエンサー、ボニー・ブルー(Instagramより)
《1日で1000人以上と関係を持った》金髪美女インフルエンサーが予告した過激ファンサービス… “唾液の入った大量の小瓶”を配るプランも【オーストラリアで抗議活動】
NEWSポストセブン