ライフ

松田いりの氏、第61回文藝賞受賞作『ハイパーたいくつ』インタビュー「真実は完璧に削ぎ落とされた玉ではなく、もっと過剰でノイジーなものだと僕は思う」

松田いりの氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

松田いりの氏が新作について語る(撮影/朝岡吾郎)

 端緒は古い友人で俳優の仲野太賀氏との会話だった。

「何がきっかけかは忘れましたけど、食事をしながら退屈について話す機会があって、太賀がふと言ったんです。『退屈って感覚、自分はないなあ』って。彼とは環境も性質も違うからこそ、『そうなんだ』と思って、自分の中で当たり前になっていた退屈という感覚を相対化できたのを覚えている。この冒頭の文章はほぼ、その時に喋ったことです」

 松田いりの氏(33)による第61回文藝賞受賞作『ハイパーたいくつ』の、以下がその書き出しだ。

〈退屈さだけをつまんで取り去ることはできない。退屈さは服にくっついた埃や毛じゃなくて、オズの国の魔法使いみたいなでっかい顔が噛み捨てたでっかいガムだ。服にべったりくっついた退屈さを引き剥がしたら、まとめて一緒にその下の服からもたくさんのものが剥がれ取れる。給料まるっとつぎ込んで仕立てた花柄ビーズ刺繍入り&日光を陽気に照り返す強靭なウールギャバジンの青い一張羅ジャケットだって、巨大なガムを引き剥がしたあとに残されるビーズは糸を引いて垂れ下がっておっさんの髭の剃り残しみたいだし〉〈一度退屈さと一緒に引き剥がしたものたちはそう簡単に取り戻せない〉……。

 それでもカードの払いや生活のために働く〈私〉の崩壊寸前な日々が本書では描かれ、鬱屈が狂気を生み、饒舌を生むこの過剰にして濃密な言語空間がもたらすのは、意外にも笑いだった。

 学生時代は「スラップスティックな芝居を書いていた」という著者の、本作は初小説。就職後は創作を離れ、10年の空白を経ての初応募による受賞だった。

「社会人を10年やってきて、この先もずっと今の毎日の繰り返しかと思っちゃったんですよね。ベタに言えば自分を変えたいというか。

 その時に演劇をやろうかとも一瞬思ったんですけど、それには人も集めなきゃなんないし、お金もかかる。しかも僕はだらしがなくて、昔からいろんな決意を立ち上げては腐らせることの連続だったので、次は決めたらすぐに取り掛かることができることをやろうと。それが小説だと思ったんです。今は思い描いていたことがすんなり行き過ぎていて、正直、怖いくらいです」

 さて冒頭で退屈を滔々と語った主人公は、どうやら演劇関係の会社の財務係で、取引先に〈本来の1000倍の金額〉を誤って支払い、そのまま夜逃げされるなど、ミスを連発中の問題社員らしい。そんな彼女は、自身も親の介護と更年期の只中にいる50代の〈チームリーダー〉から〈ペンギンのペンペン〉と呼ばれ、何かと気遣われていた。

 ある日、体調不良で4時間遅刻した主人公は、乗りこんだ電車で偶然にも、座席側に領空侵犯してきた登山客のリュック目がけて〈ザスっ、ザスっ、ザスっ〉と頭突きを食らわせるリーダーの姿を目撃する。このあたりから読者も少しずつだが、状況を理解していくことになる。

 一方、主人公はこの時点で近所のインターナショナルスクールの窓に石を投げて逃げた要注意人物で、〈豪邸庭先花摘み事故、児童公園ブランコ終日振回し事故、地蔵連続雪だるま化事故〉等々の余罪まであり、既に幾つかの通勤ルートは通行不能になっていた。

関連記事

トピックス

今年5月に芸能界を引退した西内まりや
《西内まりやの意外な現在…》芸能界引退に姉の裁判は「関係なかったのに」と惜しむ声 全SNS削除も、年内に目撃されていた「ファッションイベントでの姿」
NEWSポストセブン
松田聖子のものまねタレント・Seiko
《ステージ4の大腸がん公表》松田聖子のものまねタレント・Seikoが語った「“余命3か月”を過ぎた現在」…「子供がいたらどんなに良かっただろう」と語る“真意”
NEWSポストセブン
(EPA=時事)
《2025の秋篠宮家・佳子さまは“ビジュ重視”》「クッキリ服」「寝顔騒動」…SNSの中心にいつづけた1年間 紀子さまが望む「彼女らしい生き方」とは
NEWSポストセブン
イギリス出身のお騒がせ女性インフルエンサーであるボニー・ブルー(AFP=時事)
《大胆オフショルの金髪美女が小瓶に唾液をたらり…》世界的お騒がせインフルエンサー(26)が来日する可能性は? ついに編み出した“遠隔ファンサ”の手法
NEWSポストセブン
日本各地に残る性器を祀る祭りを巡っている
《セクハラや研究能力の限界を感じたことも…》“性器崇拝” の“奇祭”を60回以上巡った女性研究者が「沼」に再び引きずり込まれるまで
NEWSポストセブン
すき家がネズミ混入を認める(左・時事通信フォト、右・イメージ 写真はいずれも当該の店舗、販売されている味噌汁ではありません)
《「すき家」ネズミ混入味噌汁その後》「また同じようなトラブルが起きるのでは…」と現役クルーが懸念する理由 広報担当者は「売上は前年を上回る水準で推移」と回答
NEWSポストセブン
初公判は9月9日に大阪地裁で開かれた
「全裸で浴槽の中にしゃがみ…」「拒否ったら鼻の骨を折ります」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が明かした“エグい暴行”「警察が『今しかないよ』と言ってくれて…」
NEWSポストセブン
指名手配中の八田與一容疑者(提供:大分県警)
《ひき逃げ手配犯・八田與一の母を直撃》「警察にはもう話したので…」“アクセルベタ踏み”で2人死傷から3年半、“女手ひとつで一生懸命育てた実母”が記者に語ったこと
NEWSポストセブン
初公判では、証拠取調べにおいて、弁護人はその大半の証拠の取調べに対し不同意としている
《交際相手の乳首と左薬指を切断》「切っても再生するから」「生活保護受けろ」コスプレイヤー・佐藤沙希被告の被害男性が語った“おぞましいほどの恐怖支配”と交際の実態
NEWSポストセブン
国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白(左/時事通信フォト)
「あなたは日テレに捨てられたんだよっ!」国分太一の素顔を知る『ガチンコ!』で共演の武道家・大和龍門氏が激白「今の状態で戻っても…」「スパッと見切りを」
NEWSポストセブン
2009年8月6日に世田谷区の自宅で亡くなった大原麗子
《私は絶対にやらない》大原麗子さんが孤独な最期を迎えたベッドルーム「女優だから信念を曲げたくない」金銭苦のなかで断り続けた“意外な仕事” 
NEWSポストセブン
ドラフト1位の大谷に次いでドラフト2位で入団した森本龍弥さん(時事通信)
「二次会には絶対来なかった」大谷翔平に次ぐドラフト2位だった森本龍弥さんが明かす野球人生と“大谷の素顔”…「グラウンドに誰もいなくなってから1人で黙々と練習」
NEWSポストセブン