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【関川夏央氏が選ぶ「2025年を占う1冊」】安倍政権の舞台裏を掘り起こした『宿命の子』「戦後」を終わらせるという願いが込められた安倍政治

『宿命の子 上・下 安倍晋三政権クロニクル』/船橋洋一・著

『宿命の子 上・下 安倍晋三政権クロニクル』/船橋洋一・著

【書評】『宿命の子 上・下 安倍晋三政権クロニクル』/船橋洋一・著/文藝春秋/上=2475円、下=2585円
【評者】関川夏央(作家)

 第2次安倍晋三政権は2012年末から2020年夏まで、憲政史上最長7年8か月つづいた。消費税を二回上げても倒れず、任期中五回の国政選挙に勝利した奇跡の政権ともいえる。

 森友・加計学園問題、「桜を見る会」など通俗な問題で記憶され、たんに長期におよんだからこそ憎まれもした安倍政権だが、「サミット」では外国首脳に名前と人柄をよく知られた。

 その「政策決定過程の舞台裏のドラマ」を掘り起こす「検証ジャーナリズム」を徹底させた結果、上下巻とも600ページ前後の長大な「クロニクル」となった。原稿用紙にして3千枚はある。

 この本で、首相の仕事とは何か、政治とは、また外交とは何かが、わかりすぎるほどわかる。ただし読むのには苦労がともなう。「再登場」から始まって全21章とエピローグからなるが、各章のタイトル「尖閣諸島」「慰安婦」「平和安全法制」「習近平」「トランプ・タワー」「金正恩」「自由で開かれたインド太平洋」「パンデミックと退陣」など、興味を誘われる章から読めばよい。

 2019年2月、トランプ大統領はハノイで金正恩と二回目の会談に応じた。北朝鮮に要求する、「完全、検証可能かつ不可逆的な核廃棄」という英語を覚えられなかったトランプだが、安倍の強い希望で冒頭に拉致問題に言及した。「エッ、また、それか」という表情の金正恩のかたわらにいた妹の金与正が、兄に「何とかならないの?」と聞いた。金は、一言、言った。「複雑な問題なんだ」

 身内まで暗殺する金正恩に何が「複雑」なのかわからないが、この短いシーンも安倍本人のほか、官邸幹部二人、ホワイトハウス高官二人の証言で再現された。

 世界より二十年長く続いた日本の「戦後」を終わらせる。「戦後」を「抱きしめ」てはならない。子どもたちの世代に歴史を「謝罪」しつづける「宿命」を与えない。そんな願いを込めた安倍政治をえがく「調査報道」として、これは傑出した作品である。

※週刊ポスト2025年1月3・10日号

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