ところで「左翼」の反対は「右翼」であり、この著者はこの先の記述で「そのいずれでもない視点から、この提案について考察し、その真実の姿を明らかに」したいと述べているので私の誤解かもしれないが、この著者は日本の「人種差別撤廃提案」を「ことさらに顕彰する」ことも歴史の見方としては正しくないと思われているのかもしれない。そうで無ければいいのだが、念のため私の見方をもう一度述べておこう。

 まず人間の行為は、それは最終的には歴史的事実となるのだが、大切なのは「なにをやったか?」を検証することであり、「心のなかではどう思っていたか?」は二の次だと考えている。具体的な実例を挙げよう。

 一八七四年(明治7)に板垣退助、後藤象二郎ら土佐人を中心としたメンバーが、政府に対して「民撰議院設立建白書」を出した。では、なぜ出したのか? 身もふたもない言い方をすれば、板垣も後藤も最終的には明治政府のなかで出世できなかった「負け犬」と言っていいだろう。いわゆる不平士族である。

 その不平士族の武力による反乱は明治政府に徹底的に鎮圧され、最終的には彼らは武力では無く言論で戦う路線を取らざるを得なかった。その自由民権運動の端緒となったのが、この「民撰議院設立」の建白である。彼らが「心のなかではどう思っていたか?」と言えば、「薩摩・長州の政治独占は許せん」「土佐人だって維新のときはおおいに戦ったのに」などという不平不満であったろう。それゆえ「不平士族」と彼らは呼ばれた。

 しかし、彼らの出した建白書は「土佐人をもっと優遇しろ」などという料簡の狭いものでは無かった。それどころか「日本で初めて利他的に公の場で国会開設を主張した」もので、実際日本ばかりか東アジア初の快挙であり、最終的には大日本帝国憲法制定、帝国議会開設につながった。現在の日本の民主主義体制も発端はこの建白にある。

 だからこそ、「心のなかではどう思っていたか?」では無く、「なにをやったか?」が最初に検証されるべきなのだ。いま問題にしている事例で言えば、日本が世界で最初に人種差別撤廃を国際社会に訴え実行させようとしたことが、まず重要である。現代でも人種差別問題は一〇〇パーセント解決されたとは言えないが、日本における民撰議院設立建白書が最終的に現代の民主主義社会を実現させたように、世界における日本の人種差別撤廃提案が最終的に現代の人種差別を許さないという方向性を作ったことは間違い無いではないか。

 これは単純に顕彰しているのでは無い、事実を述べている。もちろん、民撰議院設立の建白者の心のなかに「不平」があったことは間違い無く、それが建白の動機にもなっている。そうした歴史的背景はきちんと踏まえるべきではあるが、それと建白自体の歴史的評価とは別物として検証せねばならない。この人種差別撤廃提案も同じことで、当事者の思惑や動機だけにこだわり過ぎてこの人類史上に燦然と輝く功績を過小評価することは、私は歴史の研究者として正しい態度では無いと思う。

 のちに詳しく述べるが、日本がこの人種差別撤廃案をぜひとも国際連盟のルールに盛り込もうと思った背景には、当時日本とアメリカが移民問題で鋭く対立していたという事実がある。だから、日本人の思惑のなかに「この人種差別撤廃案を確立することによってアメリカとの移民問題を解決しよう」という、日本の国益に絡む動機があったことは事実である。それは考慮しなければならないが、だからと言って人類初の人種差別撤廃を提出したという日本の試みは、それがゆえに低く評価されることはあってはならないということだ。

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