渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
魂の殺人
もし被害を訴えることができたとしても、今よりもっとつらい思いをする可能性もある。加害者は呼吸をするように平気で嘘をつき、事実を歪めて自分の都合のいいような解釈を繰り広げるからだ。
ハーバード大学名誉教授で暴力被害者用プログラムを設立した精神科医のジュディス・L・ハーマンは、著書『真実と修復』(みすず書房刊)でこのように書いている。
〈事実であったことを否認することがいつも加害者の第一手である。そして証拠を示されると次にはきまって問題をなるべく小さく見せようとするものだ。「そんな大した話じゃないno big deal」式の防御である〉
〈加害者はときに自分のしたことを完全に認めながら、なお被害者の傷ついたことを意に介さなかったり、それどころか声を上げたことを責め立てることさえある〉
これが現実だ。
さらに擁護者たちが、加害者の根拠や証拠もない主張をそれが正義だと信じて疑わず、被害者をさらに貶めようとする。大阪地検元検事正による性暴力事件も、「被害者が加害者に好意を持っていた、ハニートラップだ」と虚偽の噂を流されたという報道も見た。もしそれが事実であれば、二次加害に他ならないだろう。被害者は何度も殺され続けている。
そもそも、恋愛関係でもない仕事相手や両親と同年代の異性から好意を向けられたり、セクハラをされたりするだけでも不快だ。なおかつ初対面や初めて2人きりになるような間柄で、同意もなく無理やり性的行為をされたら、それははっきり“性暴力”だ。
時々、加害者や擁護者が「これが性暴力なら恋愛できない、そんな社会を作ってはいけない」なんて発言をしているが、これは全く的外れだ。性暴力と恋愛は違う。そんなことすら区別できず、価値観をアップデートできていない大人が大勢いることに失望する。
また、私が特に理不尽だと感じるのは、被害者が笑って過ごしていると、「こんなふうに笑えるはずがない、虚偽告訴だ、被害者じゃない」と言われることだ。では、被害者は一生悲観して生きて、幸せをあきらめなければいけないのか。ただでさえ尊厳を踏み躙られ、職場などの組織にいられなくなり思い描いていたキャリアや未来を奪われたのに、まだ被害者から奪うのか。
遊びに行ったり、恋愛をしたり、夢を追いかけたり、仕事をしたり、そういったいつも通りの生活を被害者は望んではいけない理由などどこにもない。被害によって断たれた多くのものを取り戻したいと願うことは当然の権利だ。
性暴力は、被害者に大きな傷を負わせ、生きる気力も奪ったのに、加害者の大半が罰せられずのうのうとしていられる歪な犯罪だ。捕まってないから、不起訴だから、無実ではない。地獄のような経験をさせて人生を壊し、被害者の将来を歪めた事実は変わらない。被害者の落ち度を血眼で探し、性暴力の定義を歪めてまで加害者を許そうとする社会に、いい加減終止符を打つべきだ。
性暴力は魂の殺人とも言われる。そう、殺人なのだ。だから“あらゆる性暴力(殺人)は許さない”という当たり前を公言する大人が増えることを切に願う。安全に過ごせて被害者が生まれない未来を作るために、私たちは声を上げ続けなければならない。
(了。前編から読む)
【プロフィール】
渡辺渚(わたなべ・なぎさ)/1997年生まれ、新潟県出身。2020年に慶大卒業後、フジテレビ入社。『めざましテレビ』『もしもツアーズ』など人気番組を担当するも、2023年に体調不良で休業。2024年8月末で同局を退社。現在はフリーで活動中。「NEWSポストセブン」エッセイ「ひたむきに咲く」を連載中。最新写真集『水平線』(集英社刊)が6月25日発売予定。
※週刊ポスト2025年6月20日号
