バブル時代を象徴する「ボディコン」スタイルに身を包んだ女性たち(写真/1988年、共同通信社)
“昭和の丙午生まれ”たちの証言
「小さい頃から親戚が集まると、『ユリカは丙午生まれだから気が強くならなければいいのだが……』のように言われることも多くて。『私は丙午なんだ』という認識はたしかにありました。
私はのちに地方出身の男性と結婚したのですが、結婚当初は忙しくて夫の実家にあまり顔を出すことができず、よく義母から『これだから丙午生まれの女は……』と嫌味を言われました。それが悔しくて、子どもが生まれてからはどんなに忙しくても、夫が仕事で帰省できなくても、私だけは子連れで毎年顔を出しました」
“丙午の女”と揶揄された経験を明かしたユリカさん。一方で、そもそも「丙午生まれ」の子どもを産まないように努める親もいたようだ。前出のユリカさんと同学年で、1967年1月12日生まれのユキコさん(仮名・59歳)はこう話した。
「私の母親は迷信を信じていたのか、私を出産する時に何としても丙午を避けたかったそうです。『あなたを産むときは本当に不安だった』と何度も聞かされていて、小さい頃から自分の同級生の多くが丙午生まれであることはわかっていました」
2人と同学年の男性サチオさん(仮名・59歳)も「丙午世代」ならではの、こんなエピソードを語る。