犯罪になるのは「暴行・脅迫による本番の強要」
翌日、依頼者から電話があった。「水田刑事から任意聴取を依頼する旨の電話がかかってきたが、応じたほうがいいのか」という問い合わせで、本番行為自体を認めていいのか、すなわち、性的サービスを受けている最中に「入ってしまったこと」を認めていいのかどうかが気がかりな様子だった。
「本番行為をしたこと、それ自体で、男性の側が一方的に悪者になる、というわけではないんですよ」
私はそう説明した。犯罪になるのは「暴行・脅迫による本番の強要」で、「本番そのもの」ではない(なお、現在の不同意性交等罪では、同意がない状況での本番行為、同意するいとまがない状況での不意打ち的な本番行為も対象となっている)。
「何人も、売春をし、又はその相手方となってはならない」。「売春防止法」の第三条にはこう書かれている。つまり、売るのも買うのもダメ。ポイントは、いずれも禁止されているが、「個人の自由意思に基づく売春」については、自転車のヘルメット着用義務と同じように、違反しても、具体的な罰則は存在しないという点である。
罰則が存在するのは、勧誘行為としての立ちんぼ、売春の斡旋、場所の提供などで、今回の依頼者には関係ない。むしろ、同意のもとに本番が行われているならば、店舗側は売春の斡旋をしていることになるのだ。
「ですから、偶発的に入ってしまった事実は認めてしまっても、問題はありません」
今回の件についていえば、本番行為よりもセンシティブなポイントがある。
「力ずくで押さえつけられ、手首を怪我したとユウは主張していますが、正常位の最中、相手の手をつかんだりしましたか?」
私は、依頼者に尋ねた。
「いいえ」
依頼者は即座に否定した。
「腕とか手をそもそも触っていません。相手は、両手で私の腰というか、上体のあたりを触っていました」
性的な問題にかぎらず、週刊誌やウェブ媒体の告発記事では、しばしば《全治何日》という表現で、身体的な被害の大きさをアピールしようとするが、医者の診断書には、あまり信用が置けない時もある。目に見える外傷やレントゲン写真があれば別だが、いわゆる「関節の痛み」については、患者が「痛い」と主張するかぎり、医者がそれを否定することができないからである。