病院の経営難も叫ばれる(イメージ)

病院の経営難も叫ばれる(イメージ)

 何しろ、今後、高齢者が増えて医療需要は増える見込みなのに、外科医は減っている。医師数自体は、2002年には24万9574人だったのが、2022年には32万7444人と、10年間で1.3倍に増えているのに、外科医数はほぼ横ばいで、むしろ減少傾向にあるのだ。

 横ばいならいいじゃないかと思うかもしれないが、問題は、現在の外科医は50歳以上が半数以上を占め、年々、高齢化が進んでいることだ。患者も高齢化しているので、合併疾患があって手術の難度が高くなり、手術前後の管理も大変になっている。

 同じ病気の手術でも、ほかに併存疾患のある人の手術は合併症が起きやすく、非常に神経を使い時間がかかるし術前術後のケアも大変だ。とても同程度の人数では、増える高齢者の手術に対応できないと考えられる。

 私も大学病院に勤務していたころは脳神経外科医として手術をたくさんこなしていた。

 手術の種類や患者の病状によっては、手術が十数時間にわたり、その間は食事もできないこともある。外科医の仕事は手術だけではなく、患者や家族に病状や手術の説明をしたり、記録をつけたり、術後も合併症が起きないように管理したりどうしても長時間勤務になる。当時は、病院に泊まって救急患者の対応に当たる当直勤務をした次の日に、通常通り外来をするのも当たり前で、自分の時間や休みがないのも特に気にならなかった。

 だが、私たちの世代の価値観をこれからの医療を担う若者に押しつけるわけにはいかない時代になった。2024年4月以降は「医師の働き方改革」が進み、病院の勤務医の時間外・休日労働時間に上限が設定され、大学病院からの当直医の派遣が打ち切りになった中小病院もあると聞いている。とてもじゃないけれど、外科医の人数は現状維持ではやっていけない状態になっているのだ。

 しかも、現在は何とか第一線で頑張っている60~70代の外科医の大部分は今後、次々に引退していくとみられる。眼が悪くなり手も震えるようになった高齢医師に執刀して欲しいという患者はそれほど多くないはずだ。

 分野にもよるが、一人前の外科医になるには最低でも10年はかかる。外科医不足がさらに加速すれば、緊急手術にも手が回らないし、大腸がんや胃がんなどの計画的な手術でさえ、予約がなかなか取れず、半年以上待たないと手術が受けられない病院も出てくるだろう。

 2030年、あるいはもっと早く、そういう状況になってもおかしくない。それどころか、英国のように、がんかどうかの診断を受けるための専門医の診察の予約が、2~3か月待ちが当たり前になる恐れもある。そうなれば、急にがんが進行して手遅れになる人も出るのは間違いない。心臓血管外科や脳神経外科でも、緊急手術に対応できない病院が増え、いまなら助かる命が救えなくなるかもしれない。

第2回に続く)

【プロフィール】熊谷賴佳(くまがい・よりよし)/1952年生まれ。1977年慶應義塾大学医学部卒業後、東京大学医学部脳神経外科学教室入局。東京大学の関連病院などで臨床研究に携わったのち、1992年より京浜病院院長。祖父と父親とも医師という医師家系で育つ。オリジナリティー溢れる認知症ケアの発案のほか、地域が一丸となった医療サービスの実現をめざして院外活動にも積極的に参加。認知症や地域医療に関する著書多数。

外科医が不足しているという(イメージ)

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