ちなみに映画としてシリーズ化された小説『猿の惑星』の原作者ピエール・ブールはフランス人だが、大東亜戦争のときに仏印(フランス領インドシナ)で日本軍の捕虜となり、それまで現地人(有色人種)に対して「ご主人様」だった立場が完全に逆転するという経験をしている。そこに着目した映画評論家の町山智浩は、作品に登場する猿のモデルは日本人だとしている。卓見というべきだろう。ちなみに映画『戦場にかける橋』の原作者もピエール・ブールである。

 もちろん、大日本帝国のやったことがすべて正義だったと言うつもりは無い。紹介した教科書にもあったように、大日本帝国が「戦争遂行のための資材・労働力調達を最優先」した結果、「住民の反感・抵抗がしだいに高まった」という側面も、たしかにあった。しかし、それがすべてでは無い。にもかかわらず、「アジア解放の美名に反して」などと、いかにもそれが実体の無い大義名分のように記すのは、歴史研究者として公平な態度とは言えない。とにかく「日本がすべて悪いのだ。三分の理もまったく無いのだ」と強調したいだけならそれでもいいが、それでは歴史研究とは言えない単なる誹謗中傷である。

 もっとも人間である以上、そういう不正義を反省し改革しなければならないと考える人々もいる。だからこそ現在のオーストラリア政府はアボリジニに対する弾圧を認め公式に謝罪したし、イギリスでは人種に対する差別が撤廃された。

 また、「太平洋戦争」という言葉を日本人に強要し、国内では「アパッチ族は白人の頭の皮を剥ぐ」などというデタラメ西部劇をタレ流して、自らの人種差別大国としての「黒歴史」を隠蔽しようとしてきたアメリカでも、一九七〇年に『ソルジャー・ブルー』(ラルフ・ネルソン監督)という映画が製作され、あの北軍出身で牧師でもあったジョン・M・チヴィントン大佐が無抵抗のシャイアン族を皆殺しにした「サンドクリークの虐殺」がほぼ史実どおりに映画化され、アメリカ人のみならず世界中の人々がこの蛮行を知ることになった。

 人類はそういう自浄作用を持つことが一つの希望だが、そもそも最大の因習を打ち破るきっかけを作るのは、じつに大変だということもおわかりだろう。その人類の持つ因習の一つである人種差別を撤廃するという方向性を確立したのは、まさに大日本帝国なのである。

(第1461回に続く)

【プロフィール】
井沢元彦(いざわ・もとひこ)/作家。1954年愛知県生まれ。早稲田大学法学部卒。TBS報道局記者時代の1980年に、『猿丸幻視行』で第26回江戸川乱歩賞を受賞、歴史推理小説に独自の世界を拓く。本連載をまとめた『逆説の日本史』シリーズのほか、『天皇になろうとした将軍』『真・日本の歴史』など著書多数。現在は執筆活動以外にも活躍の場を広げ、YouTubeチャンネル「井沢元彦の逆説チャンネル」にて動画コンテンツも無料配信中。

※週刊ポスト2025年8月1日号

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