作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』
ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。今回は近現代編第十五話「大日本帝国の確立X」、「ベルサイユ体制と国際連盟 その9」をお届けする(第1460回)。
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一九四一年(昭和16)に始まった「あの戦争」は「太平洋戦争」では無く、「大東亜戦争」と呼ぶべきであることは理解していただけたと思うが、前回まで述べたことだけではまだじゅうぶんでは無い。アメリカが「太平洋戦争」と呼ばせたのは、「大東亜」という言葉を残せば、歴史研究者なら誰でもたどり着く「歴史項目」への「接触」を防ぐためであった。その「歴史項目」とは、いったいなにか? それは二つあって、一つは前回紹介した「大東亜共栄圏」であり、もう一つは「大東亜共同宣言」である。
では、大東亜共同宣言とはなにか?
じつはこの宣言、私の手許にある高校の歴史教科書(『詳説日本史』佐藤信、五味文彦、高埜俊彦、鈴木淳編著 山川出版社刊)には、まったく載せられていない。これは大東亜戦争が始まった後の一九四三年(昭和18)十一月に、当時の東條英機内閣が日本を支持するアジア諸国の代表を東京に集めて大東亜会議を開催し、その合意事項として世界に向けて発表した宣言なのだが、この教科書ではそのあたりのことをどのように記述しているか、紹介しよう。
〈1943(昭和18)年11月、東条内閣は、占領地域の戦争協力を確保するために、満洲国や中国(南京)の汪兆銘政権、タイ・ビルマ・自由インド・フィリピンなどの代表者を東京に集めて大東亜会議を開き、「大東亜共栄圏」の結束を誇示した。【しかし、欧米諸国にとってかわった日本の占領支配は、アジア解放の美名に反して、戦争遂行のための資材・労働力調達を最優先するものであったので、住民の反感・抵抗がしだいに高まった。】〉
(【】引用者)
傍点部は、歴史的事実に対する評価分析である。もちろんそれは必要だが、その前に歴史的事実としてなにがあったのかを過不足無く記録しなければならない。おわかりのように、その前段の文章にある「『大東亜共栄圏』の結束を誇示した」というのが、具体的には「『大東亜共同宣言』の世界に向けての発信」になったわけだから、歴史教科書としてはこの宣言の内容に触れなければならない。
こう述べると、左翼歴史学者たちは「教科書に掲載可能な項目は限られている。すべてを載せればあまりにも膨大なものになってしまうから、取捨選択する必要がある」と反論してくるかもしれない。だが、その反論は一般論としては成立するが、この場合にはまったく当てはまらない。
それを証明するために、あくまで仮の話であるが、私自身が「大東亜戦争いや太平洋戦争は、大日本帝国がすべて悪い」という左翼歴史学者の立場に立ってみよう。つまり、「大日本帝国が起こした『太平洋戦争』は犯罪であり、『一片の正義も無い』」という「検事」の立場である。