積み上げられた漫画本(イメージ)
1989年の「月刊アフタヌーン」(講談社)新年号で、初連載『空を斬る』を獲得した三田紀房氏。毎月、原稿料が入るようになり、単行本化で初めての印税を手にしたが、順風満帆な日々は長くは続かなかった。連載終了後、次回作の企画が通らず、単行本化できるような仕事にも恵まれず、貧乏生活に突入した。
そうした中、売れる漫画を描くため、新担当になった若手編集者・岩田さんの期待に応えるため、当時の「週刊漫画ゴラク」で圧倒的な人気を誇った『ミナミの帝王』の研究に乗り出した。見えてきた特徴的な手法とは──。
三田氏の著書『ボクは漫画家もどき イケてない男の人生大逆転劇』(講談社)より、『ミナミの帝王』から学んだヒット作の法則をお届けする。(同書より一部抜粋して再構成)【全4回の第2回。第1回を読む】
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まず、岩田さんにアンケートの結果を教えてもらい、人気がある作品を徹底的に読み込みました。そして、ヒット作にあって、(※編集部注 三田さんが漫画ゴラクに連載していた)『クロカン』にないものに気づきました。
それは、エンターテインメント性でした。
アンケートの上位にきている人気作は、ありえないことをあたかもありえるように描いている。しかも、現実の3倍はおおげさに描いてありました。それこそが、読者が求めている娯楽性なのだと気づいたんです。
それまで僕は、リアルな高校野球の面白さをコツコツ描いていました。しかし、それでは読者は反応してくれない。そこで、「週刊漫画ゴラク」らしい娯楽性を前面に出すことにしたんです。
たとえば、こういう回を作ってみました。
監督の黒木が新たに移った高校は、選手9人を集めるのがやっとの野球部なのですが、一人だけ飛び抜けた能力がある選手がいる設定にしました。彼は身体も大きく、150キロの剛速球を投げる。黒木もこいつを生かせば甲子園に行けるかもしれないと思い始めます。
ところが、一つ問題がある。彼の球を受けられるキャッチャーがいないのです。そこで、サードを守っていたキャプテンをキャッチャーにコンバートし、地獄の特訓を始めます。
プロテクターとヘルメットだけ装着させ、マスクは付けさせず大木に縛り付ける。その状態で彼のお爺ちゃんが用意してくれた牛の糞をつめたゴム風船を球に見立てて、黒木がパチンコで飛ばし、それを捕らせるというものでした。「これを捕れれば150キロの球も捕れる」というわけです。
しかし、なかなか捕れません。キャプテンは全身牛糞だらけ。野球部の部長もそれを見て「監督、もう止めてください、それは虐待です」と静止するが、黒木は聞きません。キャプテンは全身糞まみれになり、意識朦朧とするなか、遂に捕球に成功。全員が「これで甲子園だ」と歓喜する……。
そんな回を作ったのです。自分でもやや過剰かと不安でしたが、アンケートは3位になりました。自己ベストです。あの瞬間、「あぁ、ゴラクの読者が求めているのはこれなんだ。多少強引な展開でも面白ければ喜んでもらえるんだ」と理解しました。これに気づいてからは、ひたすら「ゴラク」らしさを追求していきました。