国内
戦後80年「忘れ去られた“良識派”軍人・官僚たち」

戦後80年“忘れ去られた良識派軍人”多田駿の足跡 対中「戦線不拡大」を訴えた参謀次長は中国人の権謀術策を警戒するリアリストだった

陸軍参謀次長・多田駿の半生を辿る(写真/遺族提供)

陸軍参謀次長・多田駿の半生を辿る(写真/遺族提供)

 敗戦という結末を知る後世の人間からすれば、無謀な戦争へと突き進んでいった日本軍や政府を批判するのは容易い。しかし、国全体が「玉砕」へと向かう中にあっても、悲劇を回避すべく奔走した軍人・官僚が数多く存在した。彼らの足跡を、今を生きる日本人は忘れてはいないか──。その一人、陸軍参謀次長・多田駿(はやお)の半生を辿る。

 日本に無条件降伏を求めたポツダム宣言には、米英首脳に加えて中国・蒋介石主席も名を連ねている。同宣言を受諾(1945年8月)したことは、1937(昭和12)年の盧溝橋事件から始まった「日中戦争(日支事変)」の敗戦をも意味した。

 戦史において陸軍参謀次長・多田駿の名前が大きく取り上げられるのは、1938年1月15日の「大本営政府連絡会議」でのことである。開戦まもない日支事変の今後の方針をめぐり、首相、外相、陸海軍の大臣・総長・次長らが議論。その席で多田は、蒋介石との和平交渉打ち切りに傾いた政府方針に反発する。他の閣僚が、政府不信任なら内閣総辞職するしかないと答えたのに対し、涙ながらに中国での「戦線不拡大」を訴えたのだった。

〈次長曰く「明治大帝は朕に辞職なしと宣(のたま)えり。国家重大の時期に政府の辞職云々は何ぞや」と声涙(せいるい)共に下る〉

 もともと多田は、陸軍の中で「支那通」軍人として認められ満洲国軍の育成にも従事。1935年8月には、天津の支那駐屯軍司令官に就任した。この司令官時代に、多田は現地の中国人と在留日本人との衝突を避けるため、「対支基礎的観念」なる文章をまとめていた。そこでは、たとえば中国側に資本や技術、仕事を与えて、「生活の余裕」をもたらすべきだと説く。

〈搾取主義を排し「与うる」主義を採るべし
 日支経済提携の根本は共存共栄にして、共存共栄の根本は搾取主義を排するに在り。今や疲労困憊瀕死の憐(あわれ)むべき境遇に在る支那民衆を救済するためには、まず「薬」と「栄養」とを与うるの必要あるは当然なり〉

 だがその一方で中国人への警鐘も忘れていない。

〈職業的親日派を排撃すべし
 支那には、日本の学校の出身にして日本語をよくし、金儲けまたは生活の資とせんとする自称親日家の一団あり。[中略]彼らの得意の日本語と日本知識は日本のために計るにあらず、自己のために計るものにして、日本のため必ずしも有利なる存在にあらざるなり〉

〈不純なる権謀術策は王者の態度にあらざるのみならず、斯術(しじゅつ)にかけては結局彼等[中国人]の敵にあらざるなり。[中略]吾人[ごじん・我々]は宜しく公明正大堂々の陣をもって病源を手術すべきなり〉

 多田は、中国の文化に造詣が深く、相手に敬意を払いつつも、権謀術策に長けた中国人への注意を怠らなかった。それは、多くの現場を踏んできたからこそのリアリズムでもあった。

関連キーワード

関連記事

トピックス

大谷翔平と真美子さんの胸キュンワンシーンが話題に(共同通信社)
《真美子さんがウインク》大谷翔平が参加した優勝パレード、舞台裏でカメラマンが目撃していた「仲良し夫婦」のキュンキュンやりとり
NEWSポストセブン
兵庫県宝塚市で親族4人がボーガンで殺傷された事件の発生時、現場周辺は騒然とした(共同通信)
「子どもの頃は1人だった…」「嫌いなのは母」クロスボウ家族殺害の野津英滉被告(28)が心理検査で見せた“家族への執着”、被害者の弟に漏らした「悪かった」の言葉
NEWSポストセブン
理論派として評価されていた桑田真澄二軍監督
《巨人・桑田真澄二軍監督“追放”のなぜ》阿部監督ラストイヤーに“次期監督候補”が退団する「複雑なチーム内力学」 ポスト阿部候補は原辰徳氏、高橋由伸氏、松井秀喜氏の3人に絞られる
週刊ポスト
イギリス出身のインフルエンサーであるボニー・ブルー(本人のインスタグラムより)
“最もクレイジーな乱倫パーティー”を予告した金髪美女インフルエンサー(26)が「卒業旅行中の18歳以上の青少年」を狙いオーストラリアに再上陸か
NEWSポストセブン
大谷翔平選手と妻・真美子さん
「娘さんの足が元気に動いていたの!」大谷翔平・真美子さんファミリーの姿をスタジアムで目撃したファンが「2人ともとても機嫌が良くて…」と明かす
NEWSポストセブン
メキシコの有名美女インフルエンサーが殺人などの罪で起訴された(Instagramより)
《麻薬カルテルの縄張り争いで婚約者を銃殺か》メキシコの有名美女インフルエンサーを米当局が第一級殺人などの罪で起訴、事件現場で「迷彩服を着て何発も発砲し…」
NEWSポストセブン
「手話のまち 東京国際ろう芸術祭」に出席された秋篠宮家の次女・佳子さま(2025年11月6日、撮影/JMPA)
「耳の先まで美しい」佳子さま、アースカラーのブラウンジャケットにブルーのワンピ 耳に光るのは「金継ぎ」のイヤリング
NEWSポストセブン
逮捕された鈴木沙月容疑者
「もうげんかい、ごめんね弱くて」生後3か月の娘を浴槽内でメッタ刺し…“車椅子インフルエンサー”(28)犯行自白2時間前のインスタ投稿「もうSNSは続けることはないかな」
NEWSポストセブン
芸能活動を再開することがわかった新井浩文(時事通信フォト)
《出所後の“激痩せ姿”を目撃》芸能活動再開の俳優・新井浩文、仮出所後に明かした“復帰への覚悟”「ウチも性格上、ぱぁーっと言いたいタイプなんですけど」
NEWSポストセブン
”ネグレクト疑い”で逮捕された若い夫婦の裏になにが──
《2児ママと“首タトゥーの男”が育児放棄疑い》「こんなにタトゥーなんてなかった」キャバ嬢時代の元同僚が明かす北島エリカ容疑者の“意外な人物像”「男の影響なのかな…」
NEWSポストセブン
滋賀県草津市で開催された全国障害者スポーツ大会を訪れた秋篠宮家の次女・佳子さま(共同通信社)
《“透け感ワンピース”は6万9300円》佳子さま着用のミントグリーンの1着に注目集まる 識者は「皇室にコーディネーターのような存在がいるかどうかは分かりません」と解説
NEWSポストセブン
真美子さんのバッグに付けられていたマスコットが話題に(左・中央/時事通信フォト、右・Instagramより)
《大谷翔平の隣で真美子さんが“推し活”か》バッグにぶら下がっていたのは「BTS・Vの大きなぬいぐるみ」か…夫は「3か月前にツーショット」
NEWSポストセブン