日ソ中立条約に署名する松岡洋右外相を補佐する宮川(左手前)。スターリンの姿も見える(右端)。写真/時事通信フォト

日ソ中立条約に署名する松岡洋右外相を補佐する宮川(左手前)。スターリンの姿も見える(右端)。写真/時事通信フォト

 だが、同年9月下旬には、ハルビン総領事としての外交特権も無視されて、ソ連に連行。最後は隠密裡(おんみつり)にモスクワの監獄に収監され、起訴さえされないまま、1950年に獄死。その間、外務省の上司や同僚は様々なルートで宮川の消息を尋ね続けたものの、ソ連側から一切情報は開示されなかった。死んだことが判明したのは7年後の1957年──日ソ国交回復の翌年のことで、さらに獄死の経緯が明らかになるのは、ソ連が崩壊する1991年末まで待たなくてはならなかった。

 日ソ外交に身を捧げ、対ソ情報収集にも命がけで奮闘した宮川だったが、その死に際して外務省が行なったのは叙勲(従三位、勲二等瑞宝章、供物料が下賜)の伝達にとどまる。つながりのあった上司や同僚らが亡くなるとともに、このノンキャリアの外交官は忘れ去られ“風化”していった。

 評伝『消された外交官 宮川舩夫』の著者・斎藤充功(みちのり)氏は戦後史から宮川が“消された”ことこそ日本外交の限界を象徴していると見る。

「外務省は宮川をはじめとするノンキャリアの外交官たちがいかに日ソ外交を支えていたか、史実を掘り起こして記録を検証・分析するといったこともしていないようです。今まさにウクライナ侵攻を続けるロシアに対し日本独自の情報収集や交渉が求められますが、自身の危機管理すらできない岩屋毅外相を含め、歴史に学んでいない外務省には何も期待できません」

 戦後80年が過ぎてなお、語り継がれるべき教訓があり、人がいる。後世の高みからではなく、まさに現代と地続きの史実に学び続けなくてはいけないのではないか。

【プロフィール】
宮川舩夫(みやかわ・ふなお/1890-1950)山形県横山村生まれ。東京外国語学校からロシア留学。大使館に入って以降日ソ交渉に従事。ハルビン総領事の身でソ連軍に拘束され獄死。

【参考文献】油橋重遠著『戦時日ソ交渉小史 1941年~1945年』霞ケ関出版、天羽英二著「宮川君を悼む」霞関会会報、斎藤充功著『消された外交官 宮川舩夫』小学館新書

※週刊ポスト2025年8月8日号

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