工藤公康氏と江夏豊氏だけが分かる「ボール一個分の領域」(撮影/藤岡雅樹)
阪神の大エースだった江夏豊氏(77)と西武、ダイエー、巨人を日本一に導いた“優勝請負人”の工藤公康氏(62)。球界を代表するレジェンド左腕の2人だが、江夏氏がキャリア最終盤に西武に在籍した頃からの知られざる「師弟関係」があった。ピッチャーの神髄、「ボール一個分の領域」について語り合った。【全3回の第2回】
フォームを必至に真似た
工藤:僕が唯一、江夏さんに質問したのは、キャンプ時に江夏さんのピッチングをブルペンで見ていた時です。左ピッチャーって右バッターのインサイドに投げるのが基本の練習だったのに、江夏さんはアウトコースにしか投げてない。「なんでアウトコースばかり投げるんですか?」って聞いたら、「そんなもん、基本はアウトコースに決まってるやろ。バッターの目から一番遠いところが一番打ち損じやすいんやから」って言われて。その時から僕の投球の基本はアウトコースになった。
江夏:左ピッチャーが右バッターの懐を攻めるという“セオリー”はもう古いと思った。人間の感覚っていうのは、針と糸を持って「通せ」って言われたら目に近いほうがピントは合うのと一緒でインコースのほうがやっぱり合いやすい。
工藤:江夏さんのブルペンを見ると、ミットがほぼ動かない。動いてボール半分。江夏さんの投げ方はキャッチャーを見ていないように見えるのに、体が覚えているのか、きっちりアウトローにいく。
江夏:ピッチャーにとって最も重要なのは「1年でも長く投げる」こと。そのためにはコントロールが必要で打たれないためには弱点を突く。投げミスより打ち損じのほうが多いから、向こうの弱点を攻めるのが基本やね。
工藤:ピッチャーはベースの角に投げ分けられる技術が必要で、変化球でも出し入れする。ほんの0コンマ何度、手首の角度が変わるだけでベース1個分変わるんですから。
江夏:一般の人にはまだまだ“ピッチャーの真髄”というか、ストライクゾーンの中にあるボール1個分の領域の駆け引きみたいな細かい部分は分からないと思う。
工藤:いい投げ方をしていると肩・ひじは壊れないんですよね。
江夏:そういうもんだな。
工藤:だから江夏さんの流れるような投げ方。それを自分の頭の中で描きながらやってました。僕は江夏さんに憧れていたので、あの頃『週刊ベースボール』に掲載されていた江夏さんの分解写真を一コマ一コマ観察して、必死に真似ていました。
江夏:知らんかったなあ。