東京地裁
女子高生コンクリート詰め殺人事件。1988年から1989年にかけて16歳の女子高生が40日以上監禁され、暴行や性的虐待など凌辱の限りを加えられた挙げ句、ドラム缶に詰め込まれて殺害された事件だ。犯人は、当時16歳~18歳の少年たちだった。
当時世間はあまりの凄惨さに戦慄し、さまざまな識者が「少年たちが凶行に走った理由」を分析したが、そのなかには事件後、口を開いた者もいた。監禁殺人に関与した一人として逮捕、傷害致死罪で起訴されたカズキ(仮名、以下本文中の名前は同)は、「先輩」たちに抗えなかった自分を悔い、当時、事件を追っていたノンフィクション作家・藤井誠二氏の取材に応えている。
家庭裁判所から逆送された加害少年は主犯格のA、準主犯格B、監禁部屋の主C、Bの同級生のDという4人。さらに逮捕された別の少年も3人いた。取材に応えた「カズキ」はこの3人のうちの1人だ。
彼らはなぜ、これほど残虐になってしまったのか──。この6月に刊行された藤井氏の著書『少年が人を殺した街を歩く 君たちはなぜ残酷になれたのか』(論創社)では、いま改めてその要因について考察している。同書より一部抜粋して再構成した。【全4回中の第1回】
〈本文中、ショッキングな犯行態様が含まれるのでご注意ください〉
少年カズキの告白
「あれ?」
知らない顔にカズキは驚いた。
黒いスカートをはいて、何日か前にカズキとAらが近所の洋服店で盗んだ縞模様の長袖Tシャツを着ている。
「友だちだ」
女子高生監禁部屋の主・Cが言った。
2~3人分の布団が敷きっぱなしだった。彼女はその上に腰をおろしていて、Aたちはそのまわりを囲むように座っていた。
カズキは彼女の顔を見てとっさに、「おかしい」と思った。Cは「友だちだ」と紹介したが、違うんじゃないか。なぜなら、女性がこちらを警戒しているような目つきだったからである。
女性を入れた7人はしばらく音楽を聴いたり、とりとめのない会話をしていたが、カズキはそのうちに眠くなってしまい、部屋のすみでごろっと横になり、浅い眠りに落ちた。
凌辱行為の始まり
数十分も眠っただろうか。目が覚めると、部屋の雰囲気が一変していた。カズキはみんながなにをやっているのか、すぐには理解できなかったが、しばらく観察していると、どうやらAらはシンナーを吸った真似をし、狂った振りをしているらしかった。嬌声を上げている者もいる。
「おまえもシンナーを吸った振りをして、狂った振りをしろ」
Aがカズキに近づいて耳うちをしてきた。