熊種に共通する生態として、母熊は子育て期間中に知恵も経験もすべて小熊に教え込むという
“うかつ”な個体は間引かれ“狡猾”な個体が生き残った
もっと恐ろしい話をしよう。
2004年と2009年、堅果類(ドングリ)の大不作によって熊の大量出没が発生する。環境省は激増した熊に対処すべく東北地方を中心に異例の処置としてハンターを大動員し、総計7000頭もの熊を捕殺・駆除した。ちなみに7000頭という数字はロシアに生息するツキノワグマが絶滅する数である。
ところが翌2010年、この年にも熊が大量出没する。それまで本州全域で1万頭から1万5000頭と見込まれていた熊の生息数は間違いだったのだ。すでに3万頭近い生息数があり、大量駆除後も2万頭以上がまだ生きていたと判明する。
つまり、うかつな個体が間引かれて、人間を“知った”狡猾な熊が生き残ったのだ。
こうして人間をよく知り、また敵視した母熊から生まれて人間と戦う知恵を叩き込まれた個体が2013年頃から続々と登場する。これを専門家たちが「新世代クマ」と名づける。大量駆除は解決策にはならず、人間の手で生息域を奪う必要があったのだ。
ともあれ人間が熊を殺すならば、熊が人間を殺してもいい、と熊は考える。どうすれば効率よく人を襲い、人のものを奪えるのか。母熊から教わった世代が人間の活動域へと進出してきた。
熊は過酷な環境で生き抜くために独自の生存戦略で特異な進化を遂げてきた。その最大の果実が「ずば抜けて狡猾な頭脳」の獲得と小熊への長期教育だったのだ。
日本は、そんな熊の独特の生態を理解せず対処法を誤った。その失敗が熊をアーバン熊という知恵ある凶暴な大型肉食獣へと進化させてしまったのである。
(了。前編から読む)
取材・文/西本頑司
