国宝 『雪松図屏風』 江戸時代・18世紀 三井記念美術館。金泥、金砂子の内から浮かび上がる、墨一色で描かれた松。雪の白は絵の具ではなく、塗り残した紙の白さで表現されている
『雪松図屏風』の「超超超絶技巧」
山下:私が企画・監修し、三井記念美術館で開催中の『円山応挙 ―革新者から巨匠へ―』では、「今こそ応挙の真価を問う」と題して先生と対談しました。先生は展覧会で、応挙唯一の国宝『雪松図屏風』をじっくりとご覧になっていましたね。
辻:本展最大の見どころと言える傑作です。2017年に京都国立博物館の『国宝展』で観た折に、正直言って応挙を見直したんです。私が感心するのは、雪の積もったところに胡粉を使わず、周りの松葉を描くことによって逆に雪を表現しているところですね。
山下:超絶技巧ですね。
辻:超超超絶技巧だと思いますよ。墨で細かい松葉を描き、枝に雪が積もったように見せるテクニックは応挙ならでは。並大抵のものじゃない。江戸の人々はどれほど衝撃を受けたことでしょう。
山下:白い雪は塗らずに紙の白さのみで表現している。それを知ると絵の前で皆さん、驚かれます。
辻:そういう認識が必要なんですよね。これほど白い一枚紙があったことでこの描写ができた。それにしても、江戸時代の紙の地がこの白さを保っているとは……。こんな絵は他にないでしょう。
山下:ないですね。特注であろう真っ白い紙に金泥(きんでい)と砂子(すなご)を散らして、陽光にきらめく、新雪が積もった松を描いている。
辻:そう、これは、雪晴れの景色。金は光の表現でもあるわけです。
山下:同作が展示されるのは11月11日から。10日までは『藤花図屏風』の展示で、こちらもぜひご覧いただきたい。幹や蔓は平筆による水墨で、よじれが見事に表現されている。未来の国宝候補ですよ。
辻:平筆で墨の濃淡を駆使するのは応挙の得意な技法で、『雪松図屏風』や、後述する若冲との合作にも見られます。幹と蔓の曲線を描く卓越した技術と、幹と蔓に組み合う藤の花。左右の藤が呼応しながら優雅に音を奏でている。絵画というより、私は音楽に近い感覚を覚えます。
山下:確かに見事なハーモニーですね。藤の花と葉は着色によるやまと絵的な描法。異なる2つの技法も調和しています。
辻:やまと絵や漢画を始めとする旧来の画法や様式を総合し、写実表現を加え独自の型を構築したことは応挙の大きな功績です。
山下:その通りですね。他にも今回、香川県の金刀比羅宮から特別出展された『遊虎図』は注目していただきたい作品です。展示ケースのコーナーを利用して、金刀比羅宮にある表書院「虎之間」の設えを美術館で再現しました。
辻:『遊虎図』は角が90度曲がっていることを意識した立体的な表現をしています。東面の「水呑みの虎」と地続きにいる北面右の虎との一体感が生まれている。「虎之間」の再現された空間で観たほうが、その技法の凄さがわかるはずです。
そのように、応挙の絵は実際の空間で見ないとわからないものが多い。若冲の絵の魅力は紙の図版でも十分伝わりますが、応挙の絵の真の魅力は伝わりきらない。両者の画風の違いです。
山下:それにしても応挙の虎は、毛皮の質感がよく表わされている。この“もふもふ”感たるや。
辻:動物の毛のもふもふした感じを、見た通りに描く。これは松の葉にこんもりと積もった雪と同じく、それ以前の日本の絵画にはなかった革新的な写実スタイルですね。
山下:もふもふときたら応挙の絵で大人気になったワンコです。『雪柳狗子図』のかわいらしさといったら。茶色のワンコはなんでひっくり返っているのか(笑)。
辻:ふふふ。なんとも言えない顔をして(笑)。応挙が仔犬の絵を心底かわいいと思って描いたのか否かは評価が分かれているのですが、その人柄を想像すると、真面目でも心が広く、冗談がわからないような人ではなかったろうと思います。
