千賀ノ浦部屋からの流れ、貴乃花部屋の吸収
常盤山部屋の前身は千賀ノ浦部屋。春日野部屋付きだった千賀ノ浦親方(元関脇・舛田山)が、2004年に台東区橋場の旧高砂部屋を買い取って千賀ノ浦部屋を興した。その千賀ノ浦親方が2016年4月に定年退職を迎えるのに伴い、貴乃花部屋付きだった現・常盤山親方の元・隆三杉が部屋を継承。常盤山部屋となった。
その継承と同時に、部屋は出羽海一門から貴乃花一門に移籍。ただ、2年後の2018年6月に貴乃花親方の離脱により貴乃花一門が消滅し、同年9月に常盤山部屋は二所ノ関一門に加入することになった。さらに同年10月の貴乃花親方の退職で消滅した貴乃花部屋の力士・裏方を吸収することとなった。
つまり、現在の部屋には、もともとの千賀ノ浦部屋に入った者、貴乃花部屋から移ってきた者、元・隆三杉の現・常盤山親方が自らスカウトした力士らが入り交じり、さらに2022年以降は当時、現役大関だった貴景勝の内弟子までもが混在する部屋となっていた。前出・相撲ジャーナリストが続ける。
「部屋頭の隆の勝は先代の千賀ノ浦親方のもとで2010年に初土俵を踏んでおり、当時の四股名は師匠から一字もらった舛ノ勝だった。貴健斗と貴大将はもともと貴乃花親方の弟子。一方、埼玉栄高出身の若ノ勝は湊川親方の内弟子として入門している。こうした力士たちは入門の経緯に関係なく力士は湊川部屋に移籍します。
その一方で裏方は先代の千賀ノ浦親方時代から在籍していた行司、床山、呼出、世話人が出羽海一門へ戻るかたちとなった。行司の木村秀朗は先代の千賀ノ浦親方が春日野部屋から分家独立した際、一緒に千賀ノ浦部屋に移籍した経緯がある。床山の床千は兄が先代の千賀ノ浦親方の弟子だった元前頭・舛ノ山、呼出の広も千賀ノ浦部屋時代に入門した経緯がある。世話人の栃の山は先代の千賀ノ浦親方の拓大相撲部の後輩だった。
そうした湊川部屋ではなく別の部屋に行く裏方たちの転籍先となる木瀬部屋、山響部屋、玉ノ井部屋はいずれも出羽海一門の部屋です」