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安壇美緒さん『イオラと地上に散らばる光』インタビュー「悪意に満ちた行動はどういう理念で引き起こされているのか、丹念に掘り下げました」

安壇美緒さん/『イオラと地上に散らばる光』

安壇美緒さん/『イオラと地上に散らばる光』

【著者インタビュー】安壇美緒さん/『イオラと地上に散らばる光』/角川書店/1870円

【本の内容】
《他人の不幸や失敗だけが、俺の心を軽くする。そういうものを追っている時だけ、自分の人生から目を背けることができた。なんでもいいから事件が起きて、誰かが炎上して欲しい》。そんな感慨を持ってSNSを見ていた小菅一成の目に留まったのは、自分の所属する「リスキー」発のネット記事。ワンオペ育児で追い詰められた母親が夫の上司を刺傷した事件についてのものだった。犯人の名は萩尾威愛羅。その特徴的な名前と赤ん坊を抱っこ紐で抱きながら犯行に及んだ異常性で大バズり。記事を書いた岩永清志郎は次なる《ユーザーの欲望と不安を炙り出すネタ》を探すが──ワンオペ育児と長時間労働の過酷さ、ネットの残酷さ、現代の不都合な真実を描き切った新しい事件小説。

毎回、ひとつ前の長編とは違うものを、と考えている

 前作『ラブカは静かに弓を持つ』が大藪春彦賞を受賞し、本屋大賞の第2位にも選ばれた安壇美緒さん。音楽教室を舞台にした前作とはガラリと趣を変え、新刊ではワンオペ育児とネットニュースの炎上が題材となっている。

「毎回、ひとつ前の長編とはまったく違うものをやろう、ということは考えています。今回は、私自身も経験したことがあるワンオペ育児について書きたいと思いました。『ワンオペ育児』という言葉ができたぐらいですから、この大変さは私だけが感じていることじゃなく、それが当たり前になっている現実ってどうなんだろう?という疑問が社会に向かっていった感じです。

 その着想と同時にワンオペ育児にかかわる事件をメディアの編集者が追うという話も浮かんで。2つのテーマは表裏一体で、ひとつのアイディアとしてあったんです。ワンオペ育児をしている母親による事件が起き、SNSやネットニュースの真偽不明の情報に、ふつうの人間が右往左往させられる、そういう形を考えました」

 ワンオペ育児に疲弊した若い母親が、自分の苦しさは夫の長時間労働のせいだと考えて、赤ちゃんを連れて夫の職場に乗り込み、上司を包丁で刺して逮捕される。

 新聞社の系列会社が運営するネットメディアで働く編集者の岩永は、このショッキングなニュースをいちはやく取り上げ、後発のネットメディアである「リスキー」の記事をバズらせることに成功する。小説は、岩永とかかわる人たちの視点を通して、彼の人物像を浮かび上がらせていく。

 はじめは、岩永の視点だけで小説を書こうとしたそうだ。

「実際に書き出してみたんですが、うまく話を進められず、いったんボツにしました。仕切り直して、バラバラな登場人物の視点から、中心にいる岩永をとらえる書き方を思いつき、とりあえずこれでやってみようと進めたところ、最後までこぎつけることができました」

 見る人ごとに、切り取られる岩永像は異なっている。

 一方、刺傷事件を起こした威愛羅の人物像はくわしく描かれず、空洞のように存在している。

「ネットの炎上とワンオペ育児の2つがテーマとしてあるんですけど、ワンオペ育児を直接、描くことで、自分とは関係ないんだと広く読まれなくなる可能性もあると考えました。私は俯瞰して書きたいタイプのようで、ワンオペ育児の当事者である威愛羅の物語ではなく、事件を追う、周囲を巡る人たちの物語として書いています」

 視点人物として出てくるのは、岩永の取材のアシスタントとして使われることになった青年や、岩永の後輩編集者、岩永の妻と岩永自身である。

 岩永の人物像について伺っているとき、「街中で見かける人の感じに近かった」という安壇さんの言葉が印象に残った。

「こういう人いるよな、という感じはあるんですけど、実際にその人がどういう人かは私にもわかっていないところがあって。彼の悪意に満ちた行動はどういう理念で引き起こされているのか。言語化できるまでに時間がかかって、本1冊ぶん書くあいだに掘り下げていきました。最後の5章で再び岩永の視点に戻ったとき、彼が何を考えていて、どうしてこういう行動をとったのか、ようやく答えに辿り着いた気がします」

 新聞社の広告部門から系列会社のネットメディアに異動してきた岩永は、一見したところ常識的で、ふつうの会社員に見える。

 だが、作中では「俺らは小さなマッチを擦り続けて放火してやる側に回らないと」と言い放ち、彼のふつうさは表面的なもので、ふつうを装っているだけだとわかる。

「なんていうんでしょう、雑踏に紛れているタイプ? 岩永をこういう立ち位置にしたのは、一般人のひとりとしてSNSやネットニュースを見ていて、そこに広がる悪意みたいなものに私は結構ダメージを受けていて、そういう思いが人物像に反映されているのかもしれません。メディアで働いたからこうなったというより、もともと悪意がある人がネットニュースを手がけることで、読者をコントロールできると考えるようになったんだと思います。水に墨を垂らすと拡散するけど、水がなければ拡散しない、そういうイメージですね」

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