つげ義治の漫画を原作とした映画『旅と日々』
国際的にも多くのファンを持つ伝説のマンガ家、つげ義春による『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』を原作にした映画『旅と日々』が大ヒット公開中だ。飄々とした登場人物たちによる不思議な“旅”。絶妙な笑いと哀しみを表現した本作は、今年開催された第78回ロカルノ国際映画祭でグランプリ&ヤング審査員特別賞を受賞している。映画の魅力や製作中の裏話について、監督の三宅唱氏に聞いた。【取材・文/岸川真】
つげ作品の「乾いたユーモア」
『ケイコ 目を澄ませて』(2022)『夜明けのすべて』(2024)など、内外で高い評価を得る映画監督、三宅唱さんの新作『旅と日々』が現在公開中だ。
原作は『海辺の叙景』『ほんやら洞のべんさん』の2作品。『ねじ式』『無能の人』など、1960年代から異彩を放ちつづけ、内外のコミックシーンでの“レジェンド”つげ義春によるものだ。ファンであれば「あの作品を!」という珠玉の作を、シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、高田万作、佐野史郎といった人気実力兼ね備えた俳優陣が演じている。
魅力的な『旅と日々』にふれる前にまず、この原作二本について紹介したい。
原作である『海辺の叙景』(1967年)は千葉県大原の海岸、八幡岬という今でも“映えスポット”として人気のロケーションを舞台に描かれる、屈折と陰影多い男女のロマンスだ。つげ義春作品では『ねじ式』と同様に熱狂的な支持を受けている作品である。一読するとあまりに詩的で、ストーリーを説明すると味わいが消えてしまうような、脆い美術品のような作品である。野暮を承知で要約すると以下のような話になる。
陰々滅々たる東京のアパートから青年が海岸へやってくる。そこで美少女に出くわし、漁師町の過去、あがった水死体といった謎めいた言葉を交わす(この唐突性がファンにとっての魅力とされている)。明くる日、少女と約束したように青年は海辺にやってくる。外は大雨。だが青年はボート小屋で待ちわびる。やがて現れた少女と妖しくも美しい、つかの間の逢引の時を過ごす──儚い夏の一コマ。
これ一作でも様々なイマジネーションを広げさせられるが、三宅氏は、もう一本、つげ義春作品で“旅もの”にカテゴライズされている『ほんやら洞のべんさん』をカップリングさせている。これもまた『海辺の叙景』と並び、心象風景と物語が絡み合い、ひとつのマンガとして結実した作品である。
主人公(作者であって作者ではない。匿名性のある人物というのも特徴だ)が越後魚沼のはずれを訪れる。そこにある「べんそうや」という宿屋に泊まることになるのだが、主人のべんさんは半年ぶりの客の前で、喜んだかと思うと落ち込んだりと気分の高低が激しい。囲炉裏を囲んで話をしたり、不思議な旅情を味わう主人公だったが、べんさんがある決意をしたことで思わぬ展開に──というものだ。
原作を知るファンとしては、この二作品どうやって一本の映画になるのか、気になるところである。まず、三宅さんがつげ義春作品をどう感じて映画化に携わったのか訊いた。
「僕は、つげさんのマンガの純度の高い乾いたユーモアやドライな視点に惹かれていました。貧乏や不幸を扱っているのに、何度も読んでるとふとスコンと爽やかな感じもしてきたり。どのコマも目を離せず、その意味では贅沢で。そしてなんだか可笑しいし、と」(三宅氏、以下「」内同)
これまで、つげ義春マンガはたびたび映像化されてきた。昨年公開された『雨の中の慾情』は、原作が持つ独特のエロチシズムを表現していた一本だった。『旅と日々』では、原作題名が如実に指しているように叙情的な『海辺の叙景』パートでも、海水浴客や高田万作、河合優実を捉える感じなどに、ドライな印象と爽やかさを強く感じさせられた。シム・ウンギョンが雪国を訪れる中盤以降の“旅パート”では更に強く、純度の高いユーモアを感じさせてくれている。
