支援者と抱き合って喜ぶ小川晶氏(時事通信フォト)
選挙前の11日、小川氏は「自分自身が起こした出来事に対して、市民の皆さんに信を問う選挙だと思っています」と述べていた。選んだ理由がどうであれ、投票した前橋市民は彼女の軽率な行動を許し、信任を与えたことになる。
人が人を許すにはいくつかの要素があるといわれる。認知的な側面による状況把握や感情のコントロールなどの感情的側面、被害者や第三者の視点による状況の見直しなどの視点の側面、そして許すことの社会的妥当性やリスクの有無、社会的価値の計算などによる”社会的評価”だ。NHKの出口調査によると、彼女が行った説明に納得していないと答えた人が52%と過半数を占めたが、小川氏の市政運営を評価すると答えた人は73%。「皆さんに寄り添っていける社会をつくっていきたい」という彼女の政治手腕を前に、許すことが社会的な利益につながると評価したのだろう。
全国各地でハラスメント疑惑やコンプライアンス違反などにより辞職する首長が増えている。中には、パワハラ問題などで失職したものの出直し、陰謀論が拡散され選挙で返り咲いた斎藤元彦兵庫県知事や、99のセクハラを認定され辞職に追い込まれたものの1年半後に住民の声を受けた町議会選挙に立候補し、2位で当選した岐阜県岐南町の小島英雄元町長のようなケースもある。第三者委員会の報告にようやくパワハラを認め謝罪したが、告発者探しは適切だったという認識を示した斎藤知事。選挙中「そういうことはないよう気をつけて」と反省しているようで、「私たちの時代は、古き良き時代はなくなった」と続けてコメントした小島町議。彼らもまた社会的評価のもと信任された。再び一緒に働かなければならない被害者たちには、いたたまれない状況だ。
人には「回顧バイアス」とよばれるバイアスがある。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ということわざがあるように、過去の出来事が記憶によって歪められ、当時のリアルな経験より美化されてしまうことだ。実際の経験とそれを振り返ったときの記憶にギャップが生じるため、時間がたつにつれ起こした問題や起きた問題などを軽く捉えてしまう可能性は否めない。
「自分の軽率な行動によって、本当に日本中を騒がせてしまいました。多くの皆さんがしっかり反省をして、しっかり働けということで、もう一度信じて託していただいた」と語った小川氏の反省に、回顧バイアスが生じていないか、これからの前橋市政を見守るしかない。
