本能的に人間は綺麗なものが好き
何事にも厳しい眼を持ち、〈美しくないわ〉が口癖の千代子は、3人の養子にも美しさを求め、中でも幼く病弱な〈レイ子〉を溺愛。〈天晶教〉という新興宗教に心酔する中、レイ子が突然死し、私達は菊男の出世劇と第2、第3の事件の顛末を並行して読むことになる。
「若さが美しいなら老いは汚いのかとか、美は数式に宿るとか、美については幅広い様々な考え方があるけれど、私は美ってそのために人が死んでもおかしくないくらい怖いものでもあると思うんです。それこそミステリーになり得るくらい。
最近は美醜の話をすると、いやいや、個性の時代ですからって言われちゃうけど、一方で美容整形は大流行りだし、矛盾や欺瞞を物凄く感じるんです。ルッキズムじゃないと言ってるけど、どう考えてもルッキズムやろ、みたいなことも多い。そこは悩ましい問題ですけど、人間は綺麗なものが本能的に好きなんだと思うし、うちの犬が汚れたケージに入りたがらないように、より快適な方や安心な方を好む心理が、美に関しても働いている感じはします」
例えば菊男が義昭に寄せる思いにも「実らないからこその美しさを感じる」と西尾氏は言い、美に翻弄され、時代に翻弄され、それでも「それぞれのカードで闘い、人生を掴みとった」人々の姿をこそ、この虚々実々の戦後美容史に描く。
「私自身、こういう人達がいたから今があると思えることが、歴史の中でも特に近現代史が好きな理由で、今は今だけじゃ存在しない。全ては、続いているんです」
だから美しくて哀しいのだ。
【プロフィール】
西尾潤(にしお・じゅん)/大阪府生まれ。大阪市立工芸高校卒業後、デザイン会社、化粧品会社勤務などを経て留学。帰国後はヘアメイク・スタイリストの傍ら、森村誠一・山村正夫記念小説講座に通い、2018年に第2回大藪春彦新人賞を受賞。翌年、受賞作を含む『愚か者の身分』でデビュー。同作は昨秋映画化され、続編『愚か者の疾走』共々大ヒット中。2021年、『マルチの子』で第4回細谷正充賞受賞。他の著書に『無年金者ちとせの告白』『フラワー・チャイルド』がある。153cm、O型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2026年1月16・23日号