久米宏さんが60歳の時に瀬戸内寂聴さんに語った“老後の夢”とは(共同通信社)
元日に亡くなった久米宏さん(享年81)は晩年、映画三昧の日々を送っていた。映画会社などから試写会に呼ばれては試写室を訪れ、時には推薦コメントを寄せていた。子供の頃から映画好きだった久米さん。アナウンサーとしての活躍は誰もが知るところだが、かつて瀬戸内寂聴さんには「映画監督をやりたい」という夢を語っていたことがある。【前後編の後編。前編から読む】
「僕は小学校、中学校とほとんどの時間はテレビとラジオの前ですね。学校に行っていた時間よりもたぶん長い」──最後のレギュラー番組『久米宏 ラジオなんですけど』(TBSラジオ)の最終回で、そう語っていた久米さん。その小中学生時代、「テレビ」で主に見ていたのは洋画だった。自身が子どもの頃から映画好きだったことは、複数のインタビューで明かしている。
久米さんは「企画」をするのが好きだった。1982年からオンエアされた『久米宏のTVスクランブル』(日本テレビ系)では、放送前から、企画に2年半かけた。このときは番組自体も2年半で終了したが、「番組が始まる前から週1回の企画会議を続け、ディスカッションすることが一番面白かった」と語ったことがある。『ニュースステーション』では、自らセットを企画した。
18年半にわたった『ニュースステーション』が終了したのは、2004年3月。それからほとんど公の場に姿を現わさなかった久米さんが、久しぶりにメディアに登場したのが『週刊ポスト』(2005年1月1日・7日号)での故・瀬戸内寂聴さんとの対談だった。
「企画すること」について、こんなやりとりがあった。
